Autumn/2015

「写真のための道具」を考える

デジタルカメラ誕生から20年。カメラ市場は量的縮小傾向にある一方、世の中では、「写真」の力や勢いは増しているようにも感じます。その大きな潮流にあって、SIGMAはどのような価値を提供できるのか。写真機材産業全体が共有するこの課題と展望について、公私でSIGMA製品を愛用してくださっている4名の皆さんと、代表取締役社長の山木が語り合いました。

text:SEIN編集部 photo:Kitchen Minoru lens:SIGMA 50mm F1.4 DG HSM | Art他

スマホは「写真」を変えるのか

山木 今や日本のスマートフォン普及率は6割を超え、カメラ機能にしても軽く1,000万画素超という高画素数モデルも登場しています。例えば音楽の場合、デジタルデータでの流通や視聴が音楽自体の在りようにも多大な影響を与えていると言われますが、こうした環境の変化によって、写真や写真文化自体も変わっていくと思いますか?

瀬野 変化はすると思いますね。スマホほどいつでも携行し、すぐに使える「カメラ」はないから。

山木 いつでもどこでも撮れるというのは、記録という意味では、一番優秀な機能ですよね。

 僕は、「写真」には二つあると思うんです。一つは子どもの成長や家族の思い出などを純粋に記録するもの。もう一つは、撮り手が感じた美や感動の記憶を表現するもの。一方、スマホでの撮影はそのどちらでもなく、見たまま、感じたままの瞬間の断片をキャプチャする感じなのかなと。

山木 スマホは日々のメモ的なもので、カメラは記録や記憶を担うもの、とそもそもの役割が違うということですか。

津田 僕はちょっと違う意見です。今の若い子の間では「インスタグラム」などが主流になっていますが、彼らはただ反射的にキャプチャし、ストックしたいんじゃなく、もっと主体的な表現や発信のツールとして写真を捉えている気がするんです。ノンバーバル(非言語)で反応の早いコミュニケーションの上で、思い入れを持って撮影や加工、発信をしたいという欲求の強さが、インスタのようなアプリの隆盛の背景にあると思いますね。

Kazuto Yamaki
シグマ代表取締役社長
1993年(株)シグマ入社。2012年、代表取締役社長に。写真はDP2 Merrillによる家族との思い出の1枚。

写真は、よりリベラルに

津田 一昔前は「ザ・写真誌」的な媒体が多数あって、「良い写真とはこういうものだ」という基準になっていたけれど、今はSNSから人気写真家が出現するように、価値判断の主権が人々の側に移ってきている気がする。必ずしもプロ=優れた写真の証というわけではなくて、ある意味でリベラルになっていくんじゃないかと思いますね。

大門 私は毎日作るお弁当の写真を『本日の箱庭』というブログにアップしているのですが、最初はただの記録としてiPhoneだけで撮っていたんです。でも、だんだん、「公開する以上ちゃんと撮らなきゃ」と欲が出てきて、DP3 Merrillで撮り始めたんですね。

山木 そこでDP3 Merrillとは、また…(笑)。

大門 今ではわざわざ朝の忙しい時間に、dp3 Quattroを三脚に据え、ちゃんとセットアップして撮影しています(笑)。それはやっぱり「不特定多数の人に見てもらう場」であることに影響されているわけで、きっかけはSNSのアプリであっても、徐々に「作品」という意識で撮るようになっていくんじゃないかと思いますね。

瀬野 SNSであれ、毎日真剣勝負で撮っていて、めきめき上達する様に驚かされる人もいますよ。僕の知人でも、「絶対プリントにしなよ!」と手ほどきしたら、結局個展を開いちゃった人もいる。そういう潜在層は多いと思うんですよね。きっかけはスマホやSNSでも、機会によって写真への意識は高められるんじゃないかな。

津田 そうですね。むしろ日常的に「写真」に親しむ機会や欲求は増え、以前に比べて母数は大きくなっていると思う。あとは本当に力のある写真への導線をどう作るか。きっかけは何であれ、その先にある本物に触れた時に世界が変わることはありますし、写真であれば、プリントの説得力や表現の奥深さに気づく人はたくさんいると思います。

 僕らの世代にとっては「プリント=写真」なんですよね。でも、持ち歩いたり見せたりという点では、画像データのほうが量的に勝ると考える人が多いのも事実。結果として、手間や訴求力以前の問題として、「プリントって必要ある?」と感じる人が増えていることは確かですよね。

Mina Daimon
フォトグラファー

神奈川県横浜市出身、茅ヶ崎市在住。美術全般に関する基礎を学ぶ。公募展をきっかけに2011年より写真家として活動をスタート。無印良品における展示や日本のアパレルブランドと写真のコラボレーションを行う。主な写真展に「Portugal」、「本日の箱庭展」、写真集に「Al-Andalus」など。International Photography Awards 2017にてHonorable Mention受賞。

本物の力に触れる実体験を

山木 つい音楽の話になっちゃいますが(笑)、レコードやCDが必要なくなって、オーディオも存在意義が薄れて……みたいなことでしょうか。

瀬野 でも、アメリカの若い人はレコードに戻っていますよ。レコードの音ってやっぱりすごくいいから、若い人もそれを実体験すると奥深さが分かる。写真も同じで、塙さんが仰るとおり、スマホで撮る人はまずプリントしないと思うんです。でも写真心のある人なら、実際にカメラで撮った写真のプリントはこうなるんだ、と実体験してもらったら、「あ、じゃあ次はカメラで撮影してみよう」となるんじゃないかな。

Shinichi Hanawa
フォトグラファー

人物撮影をメインとしてオールマイティに活躍。写真教室なども主宰している。上の写真はdp0 Quattroを使用。

山木 正直に言いますが、僕は若い頃、写真にそれほど興味がなかったんですよ(笑)。でも、ある時、8×10で撮ったプリントを見て、「えっ、これはすごい!」って感動してしまった。ファインアートでもなく、ごく普通の風景だったのに、写真自体が圧倒的な力を持っていた。今の人たちにも、そういう機会があるといいんでしょうね。

 プリントされた写真には、撮り手の意思や、被写体と対峙した緊張感があると思うんです。今はスマホでも簡単に「アートっぽい写真」は撮れてしまうけど、自分が撮りたいものは何なのかを1枚の写真の中で追求することとはそもそも世界が違う。それを同一視してしまうと、1枚の写真の価値が軽くなっていく気がするのね。だから僕は、カメラメーカーや写真に携わる人には、1枚の写真をもっと大事にしてほしいな、と思うんです。

なぜ「写真」を求めるのか

山木 カメラでもスマホでも、「あ、これを撮りたい」という衝動は同じですよね。抽象的な問いで恐縮ですが、人は、なぜ写真を撮るんでしょう。

瀬野 みんな時間を止めたいんじゃないかな。写真だけが、流れている時間を止められるんですよ。街を歩いていても、「今これを自分が撮らなければ、誰もが見過ごすだろう」っていう瞬間があるし、ポートレートだって、本当は被写体の連続した動きの中で、ある一瞬だけを写真にとどめているわけです。そうやって時間を止めて、後で見た時に、意図しなかったものが写っていたりするから、また撮りたくなる。僕は映像も撮りますが、最初から瞬間を狙う写真と、ある一連の流れを収める映像は別物だと思っています。

山木 対象に対する構えという点で、まったく違う表現手段なのでしょうね。

 僕は、たとえブレたりボケたりしていても、撮った写真は1枚も消さないんですよ。だって、限りある人生の中で、その瞬間に「これを撮ろう」と立ち止まって撮ったものでしょう。それを消すのは、その時の自分の気持ちも、費やした時間も労力も、なかったものにしてしまうことだから。

津田 写真って、そのものが切ないんですよね。過去になってしまった瞬間だから。その時に自分がいたという切ない記憶なんですよ。だから、すべてに価値があり、等しく愛おしい。

山木 大門さんは、毎日のお弁当を見返すとその時の記憶が甦ります?

大門 それはもう全部! 「これは旦那さんとケンカした後、私の有難みを分からせるために、ものすごく丁寧に作った時のだな」とか(笑)。

 写真には、撮った時の気持ちがちゃんと表れますよね。

山木 写真というのは、他の表現手段と比べても、きわめてパーソナルなものなんですね。鑑賞のされ方が変わっても、容易に消費されるわけではなくて、撮り手自身もその瞬間を切り取った時の記憶に立ち戻れる。撮り手も受け手もそれぞれに対峙するものとしてあるんでしょうね。

Yutaka Tsuda
プランニングディレクター

企画家、ミュージシャン、写真家と幅広く活動。上の写真は30 mm F1.4 EX DC H SM/EX DCを使用。

「写真の道具」としてのカメラ

山木 せっかくの機会ですので、ユーザーとして、SIGMAへのご意見やご要望をお聞かせください。

 僕は、カメラは料理人の包丁と同じだと思っています。刺身を切る時には刺身包丁を、パンにはパンナイフを使いたい。だから、日本のほぼすべてのメーカーを1台ずつ持っていて、撮るものによって使い分けているんです。じゃあSIGMAはどんな時に使うかというと、極端だけど、「あれをSIGMAで撮れたらすごいものになりそうだ。でも1枚も撮れなくてもいいかな」と思う時(笑)。

津田 それ分かります!(笑) SIGMAだと撮り手にもパワーがいるんですよ。

塙 そう。振るならホームランを狙いたいけど、振らずに帰ってくることがあってもいいか、みたいな(笑)。逆に、あれもこれも撮らなければいけない時は別のカメラでいい。それが、SIGMAの不思議なところなんですよ。レンズだとハイ・アベレージヒッター的な、文句のつけどころのない製品を作るのに、カメラはツンデレという(笑)。あとはやっぱり、Foveonセンサーの独特な色ですね。昔のアメリカの写真はコダック社製フィルムのものが多くて、僕もすごく憧れていたんですけど、あのコダクロームの色に近い。

山木 それはよく言われますね。以前よりは大分おとなしくしたんですけど、昔からのユーザーさんには「戻してほしい」と言われたりもします。

 僕は今ぐらいが好きだな。前は「ヘン」だったけど、今は「ちょっとヘン」ぐらい(笑)。

瀬野 僕は、色よりも解像力に惹かれますね。例えば、サンフランシスコで写真を撮るなら絶対にSIGMA、と決めているくらい。あの街は古い建物が多く残っていて、光もすごくクリアでしょう。その光を浴びた建物のディテールを再現できることがすごく大事なんだけど、SIGMAだと、遠くから撮っても、ビルの窓の中のブラインドまで細密に、シャープに撮れている。すごいです。

写真の奥深さと、機材の多様性

山木 一般的に、男性のお客様はハードの特長に惹かれる方が多く、女性は直感的に写真や画の質感から機材に入る方が多い気がするのですが。

大門 私の場合、初代のDP2が初のデジタルカメラなんですよ。デジタルカメラが普及し始めた頃、なかなか欲しいカメラがなかったんですが、DP2 のカタログを見て、「バリ島特有の湿度が写ってる!」と感じ、購入したんです。その意味では、私も写真から入った一人ですね。

山木 え、フィルムからいきなりDP2ですか!?

大門 はい。だから、他の人たちがSIGMAは「遅い、遅い」って言うけれど、一体何のことか全然分からなかった(笑)。後になって「あ、現像ソフトのことか」って。でも、フィルムでの撮影や現像に比べれば、全然。他社製品とも比較しようがないですし。むしろSIGMAさんにはこの「独自性」を保っていってほしいなと。

津田 クルマでいうとイタリア車みたいに、ちょっと使いづらいところはあるけれど、「ここは他にない魅力だ」って言えるものがある。我々にとっては選択肢が増えるのは嬉しいし、他社とは違っていても、より「写真」に特化した、本質的な機能を磨いていくメーカーであってほしいです。

Satoshi Seno
ムービーカメラマン

東北新社を経てフリーランスのCMカメラマンに。写真はdp2 Quattroによるサンフランシスコの一場面。

山木 僕としては、大手他社さんができないことをやりたいという思いは常に持っています。写真もカメラも好きな人が「よくぞ作ってくれた」と喜んでくれるようなものを提案したいですね。それによって業界全体としてお客様のニーズを補完できると思いますし、「やっぱり写真っていいな」「カメラって面白い」と感じていただけるよう貢献して、盛り上げていけたらいいな、と。

 そのあたりが「クレイジー」と言われる所以ですかね(笑)。

山木 結果としてそうなっているというのが実情ですが(笑)。でも、これからも写真の奥深さや多様性を豊かにしていくうえで欠かせない存在になれるよう、精進していきます。今日は貴重なお話を本当にありがとうございました。

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