September/2014

岩崎 寛|写真家

写真家にとってのカメラ写真のためのカメラ

スタジオ撮影を中心とし、精密機器からアートピースまで極めて繊細かつ高精度な描写を追求している写真家の岩崎寛さん。撮影、機材、写真に対する厳しい眼が見た、DPの本質とは。

photo : Hiroshi Iwasaki / Masumi Horiguchi

衝撃を受けたDPの原体験

2012年に発表したSIGMA GLOBAL VISIONの新レンズラインからSIGMAの製品撮影をすべて手がけていただいている岩崎寛さん。実は岩崎さん自身も熱心なDP Merrillユーザーです。常に自分で性能を徹底比較し、用途に応じて最善だと判断した機材しか使用しないと断言する岩崎さんに、まずはDPとの出会いをお聞きしました。

「SIGMAが特殊なセンサーを使ったデジタルカメラを作っているということは知っていたものの、DPの存在はまったく知りませんでした。が、僕は仕事をお引き受けする以上はその会社の製品を熟知しているべきだと思っているので、まず自分でDP1 Merrillを購入して、プライベートでの屋久島旅行に持っていったんですね。最初はとにかくバッテリーが保たないことに驚きまして(笑)。でも帰京してPCで現像をした時は、本当に驚きました。あの時、屋久島で自分の眼前にあった世界がそこには在って、撮影時の感覚まで再現されているような、それまで経験したことのない感動がありました。撮影時や現像時の使い勝手がどうだという前に、純粋に画像の質に圧倒されたんです。これが僕にとってのDPの原体験ですね」

Yakushima, 2012 camera:SIGMA DP1 Merrill

このカメラでしか撮れない写真がある

今は仕事でも、特に風景撮影がある時には必ずDP1 Merrillを持っていくという岩崎さん。どちらかというと愛好家向けと評されることの多いSIGMAのカメラですが、岩崎さんは異議を唱えます。

「僕はまったくそう思わない。その機材でしか撮れない写真があるとわかっているのなら、何をおいてもそれを使うべきだと考えているので。プロならなおさらですよね。僕は基本的に全景ピン(パンフォーカス)が好きなんですね。ある部分を強調的に表現するにはボケは効果的かもしれないけれど、その時の情景すべてが描き込まれているほうが、『その瞬間にしか撮れなかったもの』を排除しない気がして。半面、全ピンは平板な印象になりがちで、だから難しい。でもDPの写真には奥行きや立体感がありますよね。おそらく解像の高さゆえだろうと思うんです。自分が求めるレベルの風景写真を撮れるのはDPしかない、と決めて使ってきたのは、そういう理由からです」

たとえば波や空、山並み、けぶるような空気の質感。他のデジタルカメラなら潰れてしまうような微細な砂粒や枝葉から、非常に微妙な色調の変化までがどこまでも自然に写し込まれた風景写真たちは、見飽きることがありません。

写真とは元来、表現形態に応じて、多種多様なフィルムやレンズ、カメラボディから、最適なものを選んで撮られてきたはずで、求められるアウトプットに最適な機材の選択肢にはもっと多様性があるべきだという岩崎さんの言葉は、そのままSIGMAのカメラ開発のフィロソフィと重なります。

Hokkaido, 2013 camera:SIGMA DP2 Merrill

“Panchromatic”であるという強み

「僕が最初に驚いた『画像の質』は、やっぱりセンサー由来のものでしょうね。デジタルカメラ最大の問題はトーンジャンプなんですが、DPの画像はとにかくこのトーンジャンプが少ない。階調が豊かで、現像時も微妙なトーンカーブでも破綻せずに、どこまでももちこたえてくれると感じます。画像の特質、特に『粘り』はフィルムに近いものを感じますね。モノクローム現像の質が違うのも、画像の懐が深いからでは」

と語る岩崎さん。

SIGMAのカメラだけに搭載されているFoveon X3ダイレクトイメージセンサーは、フィルムのような縦方向3層の構造を持ち、上中下の各層で光の波長の短い方から順にすべての色情報を取り込める「垂直色分離方式」をとる唯一のセンサーです。その最大の特長は、解像感の高さからもたらされるディテールの豊かさ。分光特性チャートを見ると、たとえば赤・青・緑の各波長はお互いに帯域がかぶっていて、どの帯域であっても十分にリッチな情報を含んでいるのがわかります。単純な「色」で分けられない中間域の情報まで持っているこの “Panchromatic”な特性こそが、どのような再現の要求にも応えうるFoveonセンサー独特の、圧倒的な画像力の源となっています。岩崎さん自身がそれを一番実感するのは、専用現像ソフトSIGMA Photo Pro のパラメータ『X3 FillLight』で中間調を調整する時だとか。基本的には微調整に使うくらいで多用はしないものの、自分の作品をきちんと仕上げるうえでは、調整機能のデリカシーがとても大事だと考えているそうです。

本当にすごいのはレンズじゃないか

「おそらく、独自性という点でいえばセンサー構造の特性は絶大なんでしょうね。でも撮り手として実感するのは、決定的にレンズが違うんじゃないかという点なんです。普段から高精細な写真を見慣れているからか、カメラ側が高画素になるほどレンズの影響も大きくなるのが気になる。センサーが数千万画素クラスなのに、その性能にふさわしい光学性能を備えたレンズはほとんどないか、あっても相当に高額です。でも、DPのレンズの場合には、諸収差を徹底的に追い込んでやろうという意図を感じる。開放値でも周辺までクリアで、10万円そこそこの価格のカメラとは思えない。レンズがセンサーの個性に従属するような形で認識されているのかもしれないけれど、実際にモンスター的なセンサーの性能を発揮させているのは、きっちり最適化されたレンズの存在こそ大きいんじゃないかと」

Foveonの第2世代にあたるMerrillセンサーは、技術的な進化において重要なターニングポイントでした。Merrillに負けない光学性能の実現を目標に開発を重ね、単焦点・レンズ固定式というスタイルを不動にしたのです。圧倒的な描写力を誇るMerrillセンサーのピッチに合わせ、あらゆる収差を取り除きながら、周辺の解像限界を探り当てていく。特に倍率色収差が少しでも残っていると、十分解像したとしてもセンサーがズレた像をそのまま記録してしまいます。センサーとレンズ、解像力と表現力のバランスの「最良の一点」を形にしたのが、DPのレンズなのです。

「最高画質による作品撮りのためのカメラ」というコンセプトを正常進化させてきたSIGMAのアイコニック・カメラの系譜。右から初代DP(2008)、第二世代DP Merrill(2010)、第三世代dp Quattro(2014)。
※SIGMA dp2 Quattroのテクノロジー詳細についてはwww.sigma-global.comを参照ください。

Quattroは確実に一段上がっている

Quattroセンサーの開発によって、DPシリーズは新たに第三世代「dp2 Quattro」として登場することとなりました。従来の垂直色分離方式は変わっていませんが、上層(これまでの青層)では輝度情報と色情報を、色情報を取り込む中下層(緑層、赤層)では4画素を1画素にまとめることでフォトダイオードの大きさが物理的に大きくなり、S/N比が改善して若干ながら高感度特性も良くなっています。

Foveonセンサーの原理特性によるリッチで質の良い“Panchromatic”な画像特性と、高解像ゆえの豊かなディテールとリアリティ“Foveon Look”はそのままに、解像度を上げながらもデータ量の膨張を抑え、より合理的な処理が行えるよう大幅な改良を加えたのがQuattroセンサーです。

「僕自身もこれからじっくり付き合っていこうと思っていますが、Quattroはいろいろな意味で、確実に一段ステージが上がったなと感じます。撮って出しの画像を見ても画像の質が違う。もちろん、まだこなれていないと感じたり、前の画質が好みという人もいるでしょうね。でも階調も滑らかできめ細かくなっているし、かなり全体的に最適化されていると感じます」

画像データの肥大化を避けてセンサー構造を変えたdp2 Quattroですが、それでもなお莫大なデータ量を処理するために、基盤や内部のレイアウトを最適化しています。

「この外観ですから最初はびっくりしましたよね(笑)。でも以前のように撮影中のボディの発熱も気にならないし、処理時間も速くなった。これだけの高画素カメラなのだからケーブル(レリーズ)は必須だと思っていたけれど、今回はちゃんと用意されていてうれしいです。でもdp2 QuattroのレンズはMerrillと同じですか。変えたところ、変えないところがはっきりしているんですね」

White Peacock, 2014 camera:SIGMA dp2 Quattro

写真表現と向き合う人にはわかる

「dp2 Quattroで撮影すれば、前のシリーズから基本的な思想は何も変わっていないことがわかります。きちんとした写真作品を、最高の画質で撮れるカメラを作ってやろう、というところをさらに進化させているんだな、と。写真って、シャッターを切ろうとした瞬間の自分の感覚が最も大切だと思っています。そして、撮った時と再現しようとする時に必ず生じる『ズレ』を少しずつ修正していくのが写真の本質だと思うんです。DP Merrillではそういう写真の面白さを再発見した気がするし、今度のdp2 Quattroは、より日常のものにできるような気がします。僕ももっと使い倒していかないと。写真と真摯に向き合うにはなかなかいいんじゃないでしょうか」

岩崎 寛

写真家

静岡に生まれる。写真学校を卒業後、写真家の秋元譲、大久保歩に師事。1998年にフリーランスとなり、広告、雑誌等のスティルライフ撮影を中心に活動中。

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