知られざる ストリートフォトグラフの先駆者

text: 河内 タカ

Winter/2015

戦後のアメリカ写真の流れで、最も重要な写真集として評され、今でも数多くの写真家たちに影響を与えているのが、1950年代後期に出版されたロバート・フランクの『The Americans(アメリカ人たち)』です。この写真集は「LIFE」などの当時の報道写真やドキュメンタリー的なものとは異なる、アメリカの日常的光景をパーソナルな視点で捉えていたことで、それまでの写真の常識を覆すような先進的ともいえる試みが貫かれていました。

『アメリカ人たち』に使われた写真は、そのすべてが1955〜56年の間に撮られたものだったのですが、それよりなんと10年以上も前に、まるでフランクが撮ったのではないかと見間違うような優れたストリートフォトを撮っていた人物がいたのです。それがルイス・フォアという日本ではあまり馴染みのない写真家なのですが、実はこのフォアはフランクと暗室を共有していたほど兄弟のように仲が良かったことで知られていて、互いに影響を及ぼし合いながら、来るべき新しいストリー トフォトに取り組んでいたのです。

ルイス・フォアの作品集(表紙写真:“5th Ave. New York, 1948”)と、ロバート・フランクの『The Americans』。ダイアン・アーバスにも影響を与えたとされるフォア。有名なアーバスの双子少女の写真はこの19年後に撮られた。 ©DR

1947年、スイスからニューヨークに渡ってきたフランクは、フィラデルフィアからNYに通っていたフォアとすぐに意気投合し、それから二人の長い友人関係が続いていきました。フォアという人は、ウォーカー・エヴァンスも絶賛していたほどかなり高度な写真技術を習得していたそうですが、職人気質の控えめな性格だったのか、自身の写真の技術について尋ねられた時にこう答えたといいます。「最も完璧なテクニックというのは、そのテクニックをまったく見る人に感じさせないものだ」と。フランクより8歳も年上で、かつ卓越した技術やセンスを兼ね備えていたフォアから、若きロバート青年が多くを学んでいたことは容易に想像できるはずです。

例えば、ウィリアム・クラインにも通ずる夜のタイムズスクエアを撮ったフォアの写真は、当時のカメラからすると技術的にも難しかったはずで、さらに言えば、時代よりも早すぎたという観点でも評価されるべきものです。また、ここに掲載した写真集の表紙イメージにしても、明らかにダイアン・アーバスのあの有名な双子をすぐさま連想してしまうわけです。しかも、フォアの方が約20年も先に撮っているのです。

Times Square, New York, 1948  1940~50年代にかけて、ニューヨークの街の光と影を職人的かつ卓越したセンスで撮ったルイス・フォア(1916‐2001)

独自の美学が漲ったパーソナルな写真を残しているのに、未だ本国アメリカにおいてもフォアがそんなにポピュラーでなかったりするのはなぜなんでしょうね。おそらく、フランクのような決定的な写真集を生前残さなかったことや、クラインやウィジーみたいな斬新さを押し出さなかったからかもしれません。それでも、フォアが1940〜50年代にかけて残したゾクゾクさせる写真には時代を超える魅力があるのは間違いありません。ともかく『アメリカ人たち』のルーツに、ほとんど世に知られていないこの写真家の影響があったことを考えると、何か特別な思いが沸き上がってくるんですよね。

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジへ留学し、卒業後はニューヨークに拠点を移し、現代アートや写真のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。長年に渡った米国生活の後、2011年1月に帰国。アマナの写真コレクションのディレクターに就任し国内写真家に限定した写真作品を収集。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』(太田出版)と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。2017年1月より京都便利堂の東京オフィスを拠点にして、写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した海外事業部に席を置き、ソール・ライターやラルティーグのポートフォリオなどを制作した。

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