写真のタブーや決まりごとを破り
New Yorkの日常を撮った写真家

text: 河内 タカ

2018.04.05

今年90歳になるレジェンド写真家、ウィリアム・クラインが2月下旬に「写真都市展 -ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち-」の開催に伴い、数十年ぶりに来日しました。そして、展示会場の21_21 DESIGN SIGHTにて、彼の代表作でもあるマンハッタンのドラマチックな風景写真『Atom Bomb Sky, New York 1955』の前でプレス会見を行ったのですが、車椅子に乗ったクラインはおびただしいほどフラッシュを顔に浴びながらも、ほとんど表情を変えることもなく、カメラを持つ群衆に対して淡々とシャッターを切り続けていた姿が印象的でした。

ニューヨークに生まれ、若くしてパリに暮らしていたクラインは、1950年代半ばに愛憎相半ばする気持ちを抱いていた自分の故郷をテーマとした写真集を作ることを思いつきます。それが後にストリート写真の最高峰とまで言われる『ニューヨーク』という写真集でした。しかし、絵やデザインの経験はあったものの写真の撮影技術や機材の知識もほとんどなかったクラインは、ニューヨークの街を歩き回りシャッターをひたすら切り、撮りためた写真を編集しレイアウトとデザインも自ら手がけたのがこの本だったのです。

『ニューヨーク』の正式なタイトルは『Life is Good & Good for You in New York』(生きるっていい、ニューヨークでだとならなおさら)というのですが、その明るくポジティブとも感じる名称とは対称的に、出版された当時はアメリカにおいてはほとんど注目されることはありませんでした(どちらかといえば嫌悪されていたほど)。というのも、クラインが撮ったニューヨークというのが、映画や雑誌で見るような着飾った街にはほど遠い、粗野でどこか悪意に満ちたようなストリート写真で、しかもその多くが荒れた粒子やブレ、極端なコントラストや不安定なフレーミングが強調されていたからです。

ウィリアム・クライン/1928年ニューヨーク生まれ。27歳の時からファッションの撮影を始め、1956年に初の写真集『ニューヨーク』を刊行。この時に試みたアレ、ブレ、ボケといった独特の荒々しい表現スタイルは、その後多くの写真家の模倣を生むことになった。
(21_21 DESIGN SIGHT企画展「写真都市展」会場風景/Photo: Masaya Yoshimura)

この背景に関してクラインはこう語っています。「『ニューヨーク』はビジュアル日記であり、一種のパーソナルな新聞だった。ニュースのように見せたかったんだ。僕はヨーロッパ人の撮る写真にピンとこなかった、詩的すぎで風刺が効きすぎていたからね。ニューヨーク独特の動きのある要素、子ども、汚れ、そして狂気、そういったものに近い写真スタイルを見つけようと試みていたんだ。結果、粒子が荒く、コントラストの効いた黒い画面になり、さらにトリミングして、ボケさせて、ネガに手を加えた。ニューヨークにはまともなやり方は合わないと思ったし、自分の写真が(大衆紙として知られている)『ニューヨーク・デイリーニュース』のように溝の中に打ち捨てられている様子を思い描いていたんだ」と。

企画展「写真都市展」プレス会見にて

そんなクラインがストリートで人々を撮影する際、念頭に置いていた要素というのが、「TRANCE(トランス)」「WITNESS(ウィットネス)」「REVEL(リヴェル)」という三つだったといいます。それはつまり「一心になって、目にしたものに浸り、シャッターを切る!」ということでした。そうやって動物的な直感を働かせながら、個性的な写真表現を見つけようとしたクラインのライブ感溢れる写真は、斬新さや驚きのアイデアに満ちているばかりか、今もなお多くの写真家たちに影響を与え続けている凄みが強く感じられるのです。

展覧会情報

東京ミッドタウン(東京・六本木)の21_21 DESIGN SIGHTでは、「写真都市展 -ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち-」を開催中。クラインの都市ヴィジョンと共に、斬新な眼差しで21世紀の都市と人間を見つめ、従来の写真のフレームを大きく飛び越えようとする日本やアジアの写真家たちを紹介。出展作家は、ウィリアム・クライン、石川直樹+森永泰弘、勝又公仁彦、沈昭良、須藤絢乃、TAKCOM、多和田有希、西野壮平、朴ミナ、藤原聡志、水島貴大、安田佐智種の12組。

「写真都市展 -ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち-」

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジへ留学し、卒業後はニューヨークに拠点を移し、現代アートや写真のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。長年にわたった米国生活の後、2011年1月に帰国。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口』(太田出版)を刊行。2017年1月より京都便利堂のギャラリーオフィス東京を拠点にして、写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した海外事業部に籍を置き、ソール・ライターやラルティーグのなどのポートフォリオなどを制作した。最新刊として『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)がある。

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