Early Summer/2015

製品の先のお客様と対話する

SIGMA Customer Support

ものづくりの拠点・会津工場は、生産だけではなく、SIGMA製品の品質寿命をつかさどる基点でもあります。お客様の機材を、より良く、より長くご愛用いただくために。SIGMAの考える「カスタマーサービス」についてSIGMA会津工場品質保証部部長の松本伝寿に聞きました。

text: SEIN編集部 photo: Yu Yamanaka (from “SIGMA Aizu, Japan Chapter Ⅲ”) / Mizuho Tamaru

多様な経験を持つ技術者集団

SIGMA唯一の生産拠点、会津工場の一画に、製品の修理依頼を請け負うカスタマーサービス部門はあります。国内だけでなく世界中から届く修理品を、10名の技術者が手分けして担当しています。

「基本的には国内販売店を介した修理依頼が多いのですが、海外代理店からも、現地対応できない修理依頼が来ます。人員10名のうち約半数は経験豊富な技術者、残り半分が若手技術者。若手の比率が多いのは、早いうちから熟練者と一緒に少しでも長く経験を積んでおくことが、今後の後進育成に大事だと考えているからです」

「SIGMAならではの傾向を挙げるなら、所属技術者の中に、組立部門だけでなく営業部門の経験者を多く置いている点でしょうか。最前線での顧客対応経験のある者、カメラの操作に習熟していて、お客様の要望にリアルに触れたことがある者が修理部門に配属されていることが、実際の業務や品質保証の面で良い影響を生んでいると思います」

そう語るのは、部門を束ねる品質保証部部長の松本伝寿です。自らも長く国内販売店や海外子会社での営業職を経験してきました。工場では修理依頼者の方々から直接不具合の詳細を聞けないからこそ、営業現場での経験が役立つことが多いと言います。

修理の先の納得と満足を

通常、修理依頼品は販売店経由で届き、同梱された修理伝票に、販売店で取り次いだ不具合や不良箇所が記載されています。担当技術者が最初に行うのは、記載された申し送り内容を正確に把握する「現象確認」です。

「まずは『症状』を確認し、その上で原因と解決方法を検討するのですが、最も難しいのはその原因の特定です。特に『解像修理(解像力の不具合)』については、その現象が何に起因して生じているのか、個別の部品の問題なのか、メカニカルな不整合なのかを解析し、特定するまでが一番骨が折れる。新しいレンズライン“SIGMA GLOBAL VISION(SGV)”がリリースされてからは、開発時点でそうした課題を潰していますし、出荷前のA1*による全数検査で品質保証の精度が格段に高くなっていますから、解像修理自体は激減していますが」

「そんな中でもユーザーの方々が製品に対して求めていた性能・機能や、実際どのように使用されていたかを理解していることが原因の予測に役立ちます。現象からいくつかの文脈をたどって原因を突き止めるには、相応の経験と技量が必要ですし、経験の幅も広いほうが圧倒的に有利です」

解剖学者の養老孟司氏は「現象から文脈を読み解く力」が医師の資質として不可欠であり、その洞察力は実体験の質と量によってのみ培われると語っていました。人と機械の違いはあれ、この仕事ともどこか相通ずるものを感じます。

「どうやっても現象確認ができない場合は、販売店や本社カスタマーサポートなど、直接お客様と応対している窓口を通じて正確な情報を収集しますが、手を尽くしても現象確認ができず、結果的に修理はせずにお返しすることもあります。この時一番大事なのは、判断に至るまでのコミュニケーションを密にし、お客様ご自身がその経緯と結果に納得してくださること。本当は何をお望みなのかを正しく把握しなければ、いくら『修理』しても納得や満足はないと思いますから」

*Aizu1(Foveonセンサーによる独自のMTF測定器)

「とにかく経験を積め」

カスタマーサービスでは、特定の技術者が特定の製品を担当するのではなく、誰でも、どんな製品でも対応できるようにと「ジョブ・ローテーション」方式をとっています。

「意識していないと高難度の修理を避けがちになってしまうんですよ、やっぱり人間ですから(笑)。大口径レンズとか、高価で高性能なレンズはどうしても扱いが難しいですし、原因の特定や対処にも高い技量が求められますから、特に若手は積極的に担当したがらないかもしれない。だから敢えて手がける機会を設ける必要があるわけです。いろいろなケースをまんべんなく経験することで、いずれは自社製品なら全機種対応できる技術を、全員が身につけることを目指しています」

「若手には、『とにかく経験を積め』と言い続けています。数10年前では考えられないほど高度な技術が凝縮している光学機器ですが、それでもやはり現象確認から原因特定へのプロセスでは、経験値が圧倒的にモノを言う。知識の量では老練も若手も大差なくとも、未知の現象や技術に対する洞察力、見立ての確度はやはり全然違います。ベテランの勘所を押さえた仕事ぶりに立ち会って、都度、判断や対処の体験を重ねていくことが、次の時代の熟練を育てる一番の近道だと思っています」

お客様の立場に立つ。心を窺う

「我々の仕事の本当のゴールは機材の修復ではなく、製品の向こう側のユーザーの方の満足にあると思っています。数あるメーカーからSIGMA製品を選んで使い込んでくださっている方が、どのような不具合を感じて修理に出したのか。製品が戻るまでにどのような不便や思いがあるのか、どんな状態でお戻しすると喜んでいただけるのか……。直接お会いすることはなくても、一つひとつのシーンを思い浮かべ、そこに自分たちは何を提供できるのかを考えると、眼の前の仕事への構えも変わってくるものです」

「確実に修理し、問題を潰す。1日も早くお返しする。こうした基本中の基本を下支えしているのは、お客様の喜ぶ顔や、『ありがとう』『助かった』という言葉に触れた経験なんです。それがあるから、もっと確かな知識や技術を修得しよう、より良いサービスで応えようというモチベーションになる。だから、お客様を知っている現場経験者が強いんだと思います。若手も、職場に流れているそんな空気を吸って育っているので、自然と、製品への心構えも影響を受けているんじゃないでしょうか」

レンズはかけがえのない「資産」

デジタルカメラの超高画素化が加速する中、交換レンズにはこれまでにも増して高い性能が必要とされ、カメラボディに対してレンズの性能が陳腐化しない「長寿命」さも求められていくはずです。高性能で長寿命という命題を持つレンズのライフサイクルにおいて、品質保証と修理の重要性はさらに増しています。

「SGV製品は、SIGMAの求める品質レベルへの認識を刷新しただけではなく、交換レンズが写真家にとってどのような存在かを示した点で、大きな意味を持っていると思います。それまでは、カメラボディに従属するかたちで、交換レンズは在りました。つまり、せっかく選んで所有した高価なレンズシステムの価値も、カメラを変えたとたんにゼロクリアになってしまう。しかし、オーナーにとってレンズは単なるパーツではありません。所有者にしか解らない味わいや愛着があり、自分自身の写真表現にとってかけがえのない資産であるはずなのです。だからこそ、大事なレンズを長く使ってもらいたいという思いを、レンズメーカーであるSIGMAは強く持っていました」

マウント交換サービスはSIGMAの哲学

製品の開発・製造を根本的に見直したSGVラインのレンズに適用される「マウント交換サービス」は、レンズに対するそうしたSIGMAの考えを具現化したものです。

カメラボディに合わせてレンズマウントを「お直し」でき、現在手持ちのカメラシステムの制約を受けることなく、レンズの持ち味はそのままにずっと使用できる。AFレンズでのマウント交換を可能にしているメーカーは今のところSIGMAだけですが、ほぼ完全内製で多くのマウントに対応した交換レンズを手がけるSIGMAでなければ実現できなかったと松本は言います。

「マウント交換は、主にマウントまわりの部品を変更・調整するのですが、交換レンズの光学系は絞りからマウントにかけての構造と電子部品が異なるため、各社レンズの構造や仕様の違いを熟知した技術者にしか対応できません。これもまた、積み重ねてきた経験あってこそです」

より良い製品を、より長く、より気持ちよく

「SGV製品は、高性能ゆえ部品点数も工数も多く、マウント部を交換して再び組み立てるのはもちろん、A1での検査で性能測定にパスするまで調整するのも難しい。機種に関する技術や製品知識は相当量を求められるのです。たとえば35mm F1.4 DG HSM|Artであれば、全マウントに交換できるだけの知識と技術をすべて修得している必要がある」「しかし、SGVの主要なレンズに関しては、若手もベテランもスタッフは皆マウント交換できます。これは、多様なレンズ修理を手がけてきた経験やノウハウが生きているからこそ。マウントシステムの交換自体は有償ではあるものの複数回可能ですし、その都度厳正な性能テストを行いますから、末永く安心してお使いいただけます。どんなに製品が進化しても、“より良い製品を、より長く、より気持ちよくお使いいただくために最善を尽くす”というSIGMAのカスタマーサービス精神は変わらないのです」

松本 伝寿

会津工場品質保証部部長

会津生まれ、会津育ち。生産と顧客の間で品質管理を統括。国内販売店や米国シグマでの営業、会津国際部などを経て現職。

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