色温度

蓮井幹生

かれこれ10年前の僕のカメラバッグには、露出計と一緒に必ず色温度計が入っていました。フィルムでの撮影が主流だった頃は、色温度の測定をせずに撮影することは取り返しのつかないミスに繋がりました。その場の色温度をカラーメーター(色温度計)で測定して、ゼラチンフィルターで補正します。それは正しい色、見た感じの色にフィルムを持っていくための基本でした。

色温度というのは光の温度のことで、暖色系の光ほど低く、寒色系の光ほど高いのです。

その原理についてはそれぞれにお調べいただくとして、ここでは割愛いたします。

今はデジタルの時代です。なんのフィルターも装着しないで撮影しても、この色温度に関しては撮影後に現像の段階で自由に修正したり変化させたりすることができます。ですからカラーメーターも使わずに、まずは撮影に集中できます。そして必ず撮影の後にグレーチャートを撮影しておけば、それを基準にその時の正しい色をRAW現像の際に割り出すことができます。

しかし写真というものは、正しい色温度で撮影されたものが必ずしも感動的な作品であるとは限りません。夕方の美しい夕景を、すこし色温度を低くしてよりドラマティックなイメージにしたり、むしろ色温度を高めに設定して、夕焼けのオレンジやピンクをややクールで客観的な色に仕上げたり、それを撮影後に調整することができるのは、デジタルならではの作画の醍醐味です。

感情がより明確に演出された作品は、やや過剰な色温度設定によってその情景が誇張されたものが多いですが、ともすると絵葉書的な単調でクリシェな印象の写真になりがちです。しかし、僕はいつもその逆にすこし色温度の調整によって感情を抑えた色彩にすることで、写真の客観性や現代性を表現に加えます。そのほうがよりコンテンポラリーな表現になるように感じます。

写真からいかにその感情を抜くか? それはとても興味深い課題です。写真の持つ客観性と主観的思考のバランス、それは絶えず写真芸術のテーマでもあります。

デジタルカメラの設定にある色温度設定をオートにしている人は、たまにマニュアルで撮影してみてください。意外なイメージの変化にワクワクすることと思います。

フィルム時代には撮影後にイメージの色調を調整することなどできなかったのです。デジタル写真の新しい可能性はこの色温度の調整にもあるのではないでしょうか。「撮ってから考える」のはデジタルがもたらした一つの新しい写真時代かもしれません。

蓮井 幹生

写真家

1955年東京都出身。アートディレクターを経て写真の道へ入る。カルチャー系エディトリアルシーンで発表されたポートレイト作品により注目を集めることになるが、その後も着々と表現の幅を拡大する。2009年には、独自の世界観の核を成し、継続的に発表している「PEACE LAND」がフランス国立図書館にコレクションされる。また翌年にも「詠む写真」が同館に収蔵。2013年 COMME des GARCONS BLACK SHOP(ベルリン)にて個展「IMAGINE IN THE LIGHT」開催、2014年 企画展「Two Mountains」(クアラルンプール)、2017年 企画展「PHOTOGRAPHY NOW」(ロンドン)へ参加。

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