植物と意識の間(あわい)

原美樹子

原美樹子(1967- )は、1990年代から現在にいたるまで1930年代製のドイツ製のイコンタ・カメラを使い、スナップショットで作品を制作しています。距離計のないクラシックカメラでノー・ファインダーで撮影するため、どのように写っているのかは、フィルムを現像しプリントしてみるまで確かめようがありません。鮮鋭に写り、撮ったらすぐに液晶画面で写り具合を確認できるデジタルカメラが主流の現在、原の写真を特徴づける不明瞭さや曖昧さは、写真を撮ることと見ることの関係や、見ることと記憶に留めることの関係とはどういうものなのかということを問いかけてきます。

写真を録音された音声になぞらえてみるならば、時空をそっと掬い上げるようにして撮影した原の写真は、さまざまな音や残響が入り混じり、発話が言葉としてのまとまりを伴う以前の音の連なりとして聞こえる状態に近いと言えるかもしれません。路上や電車の中で撮影されたスナップショットには、人物の所作や相貌とともに、周辺の状況、その場に居合わせる身体感覚が画面の中に捉えられており、それらが一体となって、明快な意味づけの中にはおさまらない音の響きや、微細なニュアンス、感情の動きを見る者の中に喚起させます。

Untitled, 2006, from the series, "Humoresque" ©Mikiko Hara

人物が画面から見切れているような写真や、人気のない場所を撮影した写真では、庭木や街路樹、草むらの茂みのような植物が画面の中心を占めるように捉えられたりもしています。日常的な空間の中で何気なく植物を目にする時、それらは景色の中の一部として背景に退き、とくに強く意識して凝視する対象にはならないことが大半ではないでしょうか。原が写真に捉える植物は、普段は背景に退いていたものが、不意に意識の中で前景化してくるような感覚をもたらします。

Untitled, 2009, from the series, "Still" ©Mikiko Hara
Untitled, 1999, from the series, "Primary Speaking" ©Mikiko Hara

たとえば、満開の桜の木とその傍らで幹を背に佇む女性たちの写真。木の幹が仰ぎ見るような視点で捉えられ、降り注ぐ陽光の暖かみや枝と花が幹に落とす影、木の皮の凹凸や立体感、触感が前面に押し出されています。あるいは、道路に面したフェンスの内側に植えられた植物の写真。茎はぼうぼうに伸びきっていてフェンスにしなだれかかり、画面の左端を猫が尻尾を垂らして擦り抜けてゆきます。いずれも、植物に眼を向けながら、そこにたまさか居合わせた人や動物の間に生じた隙間、意識から抜け落ちるようなあわいを画面の中に留めています。意識から外れたところに出現する間の発見は、小さな驚きを与えてくれるのです。

小林 美香

東京国立近代美術館客員研究員

国内外で写真に関する講義やワークショップを行う一方、展覧会の企画や雑誌への寄稿など、多方面で活躍。

Share on social media