1・9・4・7

石内 都

石内都(1947〜 )の写真集『1・9・4・7』(IPC、1990年)は、1988年1月から89年1月にかけて、石内と同い歳(当時41、2歳)のさまざまな女性たちの手と足を撮った写真をまとめたものです。仄暗い背景から浮かび上がるように差し出された手と足は、爪先や逆剝け、関節、皺のようなディテールに焦点を合わせて写し取られています。ほんの数センチの手足の指の厚みや、数ミリにも満たない爪の長さや皺の重なり合いは、キャプションとして添えられた職名と絡み合い、被写体になった女性それぞれに具わる奥行きのある人物像や人生の軌跡を見る者の想像の中に立ち上がらせます。

「1・9・4・7 #9」Beauty Parlor Assistant © Ishiuchi Miyako

石内は「からだは時間と空気の器」であり、空気に晒され時間に侵される身体の末端である手足を撮ることは「ボロボロと剥け落ちる肌の断片を拾い集める」ような行為だった、と言い表しています。手足のような常日頃から慣れ親しんでいるはずの部位を、「身体が経てきた時間」を意識して注視することで、普段は気づかないようなディテール 手指の関節、足の裏の形、硬化した皮膚、皮の剝がれた跡、変形した指や爪の形が、豊かな表情を帯びて立ち現れてきます。

このように「身体が経てきた時間」を注視するような眼差しは、ファッション写真や広告写真に登場するモデルの手に向けられる眼差しとは対極的なものではないでしょうか。商品とともにクローズアップで捉えられるモデルの手はほっそりとして滑らかで、そこで求められる「美しさ」とは、身体を商品と同等のものとして扱うような消費社会の価値観を反映し、身体に刻まれた時間の痕跡である傷やしみは極力画面から排除されます。石内都が自らと同い歳のさまざまな女性に向き合い、それぞれの身体に刻み込まれた時間の痕跡を写真として定着させる行為は、石内自身が被写体と同じ年月を経てきたことを確かめるような意図を含み持っていたのかもしれません。

「1・9・4・7 #11」Pub Manager © Ishiuchi Miyako

私がこの写真集に初めて出逢ったのは20代初めの頃のことで、クローズアップで捉えられた手や足の表情に心を奪われたことを今もまざまざと思い出します。40代になった今、この写真集のページを捲っていると、ページに触れる自分の手と写真に写された女性たちの手が重なり、ふと自分の手を見つめて自分自身が経てきた時間を想うとともに、写真に写された女性たちに親愛の情にも似た気持ちを抱くのです。

小林 美香

東京国立近代美術館客員研究員

国内外で写真に関する講義やワークショップを行う一方、展覧会の企画や雑誌への寄稿など、多方面で活躍。

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