北米の大自然とヌードに こだわり続ける写真家 ライアン・マッギンレー

text: 河内 タカ

Summer/2016

ライアン・マッギンレー。1977年生まれ。アメリカの、というか彼の世代では世界的にもっとも有名な写真家であり、もちろん日本の写真家たちへの影響力もかなり大きな作家です。

僕がまだニューヨークに住んでいた頃のこと、ライアンが当時住んでいたアパートがわりとすぐ近所で、雑誌のインタビューのためにそこを訪ねたことがあり、以来、彼とはかれこれ15年以上の付き合いになります。ごちゃごちゃと物に溢れたその「ライアンズ・ワールド」に一歩入ると、彼が撮ったスナップ写真と共に、ザ・スミスのフロントマンだったモリッシーの切り抜きがベタベタと貼られ、カルトムーヴィーらしきDVDがびっしり詰まった棚が壁一面を占め、まさにそこは音楽と映画が好きな草食系男子の部屋という感じでした。

別の日に彼の姿をアートギャラリーで見かけた時も、「僕に話しかけるなよ」的オーラを醸し出し、ヘッドホンをして首を小刻みに振りながら、自分の世界に深く浸り写真作品に見入っていた姿を今も鮮明に覚えています。対照的にあのときのインタビューは、若いのにこなれたように質問にテキパキと答え、僕が一息つくたびに「あの映画は見た、どんな音楽を聴いてるの?」みたいなことを矢継ぎ早に聞いてきました。そういうところは今もあまり変わってないのかもしれません。

当時のライアンは、ダウンタウンの友人たちとともに彼自身が登場する日常風景を撮っていて、2002年に手作りでそれをまとめた50ページからなる小さな写真集『ザ・キッズ・アー・オールライト』を見せてもらったのもまさにそのアパートでした。大学でデザインと写真を学んだ彼は、卒業前から撮り貯めたスナップ写真をレイアウトし、コピーセンターでひとつひとつ丁寧に装本。それを自分が好きな雑誌の編集者たちやアート業界の人々に送ったところ、なんとその翌年には、大学を出てまだ数年という若さだったにもかかわらず、ニューヨークのホイットニー美術館での展示につながり、それがホイットニーで個展を行った最年少記録だったことも大きな話題になったほどでした。

《 Taylor (Black & Blue)》 Cプリント 2012 ©Ryan McGinley / Courtesy of Team Gallery, New York / Tomio Koyama Gallery, Tokyo

そのときの展示からしばらくすると、以前のようなストリートスナップが少なくなっていき、彼なりに新しい展開を模索しながら、やがて現代アートの世界へ打って出るべく発表したのが、今では彼の作品の代名詞ともなっている「ロード・トリップ」というシリーズでした。それは、2004年から毎年6月から8月にかけて約10年間にわたって続けられ、改造したバスでモデルとスタッフとともに撮影旅行に出かけ、アメリカの様々な地域の大自然を背景にして撮影したヌード写真シリーズだったのです。

そこに撮られていたのは、まるで旧約聖書に登場するアダムとイブのように、素っ裸の男女が木に登ったり、黄金色に輝く麦畑の中を走ったりと、屈託のないイノセントさと解放感に満ちた若者たちだったのですが、ドリーミーな色合いや演出もあって、どこまでがフィクションでどこまでが自然なものなのかがわからないような耽美的な写真でした。

《 Jessica & Anne Marie 》Cプリント 2012 ©Ryan McGinley / Courtesy of Team Gallery, New York / Tomio Koyama Gallery, Tokyo

そして、2016年4月16日〜2016年7月10日まで東京オペラシティ アートギャラリーで開催されている大規模な展覧会では、その「ロード・トリップ」シリーズからセレクトされた代表作とともに、赤や茶色や小麦色が印象的な「秋」、白と青の雪と氷の景観の中で撮られた「冬」シリーズを新作として展示。さらには、長さ30メートルもある巨大な壁を若者たちのヌードで埋め尽くすという意欲的な「イヤーブック」が出色で、カラフルで一際インパクトを放っていた壁面を前に、2012年10月の来日時よりどこか余裕や貫禄を増したライアンに話を聞くことができました。

《 Jacob (Red Blueberry)》 Cプリント 2015 ©Ryan McGinley / Courtesy of Team Gallery, New York / Tomio Koyama Gallery, Tokyo

— ひさしぶりだね、今回の東京での展覧会はどういった内容なの?

「余計な壁などは立てずに、限りなくシンプルなレイアウトにして、2002年の最初期から昨年秋冬の最新作までの作品を僕自身でセレクトして展示してみたんだ。500枚のポートレートで構成するこの壁の展示は、ある一定の空間を写真で埋め尽くすというインスタレーションなんだけど、日本では性器の写真を見せたらいけないと聞いてたから、本望じゃなかったけれど(そういった部分を見せないように)僕なりに健気にいろんな工夫をしたんだ(笑)」

— すごい数、そしてみんながみんな素っ裸だね、しかもプロのモデルじゃない。彼らはどうやって探してくるわけ?

「街頭やコンサート会場でキャスティング・ディレクターがスカウトしてくる子たちを、月に2回くらいのペースで、毎回10人くらいを撮っている。当然、彼らのほとんどがヌードで撮られることに慣れていないんだけど、そのぎこちない感じが逆にアメリカでは高校や大学の卒業アルバムを意味する『イヤーブック』っぽくていいなと思ったんだ」

— 最近作では氷の世界というか、美しくはあるけれどかなり危険そうな場所を選んでヌードを撮ってるんだね。

「ニューヨーク州のずっと北部の山の中に行って撮ったんだ。写真で見れば実に美しくドラマチックなんだけど、実際は氷点下で、しかも彼らは全裸なものだから、撮影現場もとてもハードなコンディションだった。とにかく、モデルになってくれた子たちの安全第一を念頭に置いて、簡易の強力なヒーターで暖めた厚手のテントをベースにして、素足に見えるようなスキンソックスを履いてもらった。撮影時間も1回せいぜい数分、写真をよく見ると彼らの身体も奔放すぎて擦り傷があったりもするんだけど、それさえも自然体な姿として感じられるんじゃないかな」

《 Ivy (Bubbles)》Cプリント 2015 ©Ryan McGinley / Courtesy of Team Gallery, New York / Tomio Koyama Gallery, Tokyo

— 以前はフィルムカメラだったと思うけど、2010年から完全にデジタルでの撮影に切り替えたんだよね。

「そう、作品のすべてをデジタルカメラで撮っているから、冬の撮影のときもとにかく短時間にたくさん撮るだけ撮って、イメージの調整や画像処理はニューヨークのスタジオに帰ってからやった。(『SEIN』を見ながら)シグマのことは知っていたかって? もちろん知っていたし、カメラもレンズもずっと気にはなっていたんだけど、でも、残念ながらまだ僕は使ったことがない。すごく興味があるので、よかったら今度カメラを試させてもらっていいかな」

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジへ留学し、卒業後はニューヨークに拠点を移し、現代アートや写真のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。長年にわたった米国生活の後、2011年1月に帰国。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口』(太田出版)を刊行。2017年1月より京都便利堂のギャラリーオフィス東京を拠点にして、写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した海外事業部に籍を置き、ソール・ライターやラルティーグのなどのポートフォリオなどを制作した。最新刊として『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)がある。

ライアン・マッギンレー

写真家

1977年、ニュージャージー州ラムジー生まれ。2003年に25歳という若さでニューヨークのホイットニー美術館で個展を開催。それ以降、アメリカの雄大な風景の中のヌード写真、そして街でスカウトした素人のモデルのポートレートなどで知られる、現在、アメリカで最も重要な写真家の一人。「ライアン・マッギンレー BODY LOUD!」が東京で開催中(東京オペラシティ アートギャラリー、2016年7月10日まで)。

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