2019.09.11

まったく新しいカメラ、他にはないコミュニケーション

SIGMA fp コンセプトムービー

この7月にSIGMAが発表した、世界最小・最軽量※のフルサイズ・ミラーレス一眼カメラ、SIGMA fp。有効画素数2,460万画素、35mmフルサイズベイヤーセンサーを搭載したコンパクトなボディ、そして多彩な交換レンズやアクセサリを自由につけかえられる変幻自在な拡張性。さらに指一本で本格的なスチル撮影と映像撮影を切り替えられるというシームレスな機能性。その3つの開発コンセプトを一挙に具現化した「ポケッタブル・フルフレーム」として大きな注目を集めています。そして、製品同様に大きな反響を呼んだのが、開発発表と同時に公開されたSIGMA fpのコンセプトムービーでした。
※2019年7月現在

text:SEIN編集部 photo:Tsutomu Sakihama

「SIGMA fpらしさ」を表現する

SIGMA fpは、製品開発はもちろんのこと、コミュニケーションの点でも初めてずくめのチャレンジングなプロジェクトでした。

まったく新しい開発思想をもつSIGMA fpの独創性や開発思想を広く伝えるには、これまでのデジタルカメラ、いえ既存のどんなプロダクトとも違うアプローチを考えねばならない。そうした方針のもと、開発と並行して極秘裏にデビュー計画を練り続けてきたSIGMAの社内チームにとって、一番の課題は「わかりやすさ」と「まったく新しい存在感」をどちらも損ねず、印象的に伝える方法を見つけることでした。

デジタルカメラでありながらも、既存の枠組みのどこにもカテゴライズされることなく、新たに視界が開かれるような驚きのある出会いをつくりたい。かといって奇をてらいすぎて、製品本来の価値が損なわれることがあってはいけない……などなど。

このカメラをどのように世の中に受け止めてもらいたいのか、そのために何をすべきか、何をすべきでないか、侃々諤々の議論を半年以上重ねてきました。

クリエイティブの「脱構築」

なかなかこれという解が見出せないなか原点として立ち戻ったのが、ポストモダンにおける重要な考え方であり、このカメラのキーコンセプトでもある「脱構築」でした。“ものごとの価値を二項対立的にとらえるのではなく、まっさらな視点で解体して、創造的に再構築する”という脱構築の考え方を、そのままコミュニケーションにも適用しようとなったのです。

“ターゲット”や“キラー”といった既成概念をすべて取り払って、fpの思想、世界観をまるごとありのままに表現する。受け手の想像力や直感を信頼して、説明しすぎず余白を残した手法にする。そのほうがこのカメラの本質をより的確に、魅力的に表現できるはずだという結論に至ったのでした。

SIGMA fpの本質を表現できるクリエイターを

あとは「餅は餅屋」です。膨大な情報から本質をつかみとって精錬した後に、まったく違う次元の表現形態にすることで、最初より何百倍も魅力的にしてくれるのがクリエイターの方々。ですから、製品やSIGMAについては熟知していないとしても、卓抜した感覚と技術で“クリエイティブ・ジャンプ”を実現してくださる外部のディレクターの方を探すことが必須でした。その方に製品を見て触ってもらって、その時の感触を全面的に信頼してかたちにしてもらおうということになったのです。

そして、SIGMAのブランドコミュニケーションに関わってくださっているアートディレクター、佐藤卓さんに推薦していただいたのが、独創的な映像演出で知られる映像作家の辻川幸一郎さんでした。

なによりも大切なのは一番初めの製品体験であると考え、スタッフは、詳細なことは事前に何も説明せずに辻川さんを訪ねました。特徴やスペックの解説は最小限にとどめて、我々がどういう会社か、今まで何を大切にしてどんな製品作りや活動をしてきたのかだけをざっと伝えて、そこから自由に想起してもらうほうが、fpの本質を「正確に」表現してくれるのでは、と考えたからです。

気鋭の映像作家・辻川幸一郎

辻川幸一郎さんは、Cornelius(コーネリアス)との長きにわたるタッグを中心に、多くのアーティストのミュージックビデオや、ミツカン、資生堂などのCM、ショートフィルムなど、多分野にわたって活躍を続ける映像作家です。これまでさまざまな仕事を手がけてきた辻川さんにとっても、今回のSIGMAからの依頼には驚きがあったと言います。

「正直にいうと、僕は実際に機材を扱うのが専門の仕事ではないので、SIGMAという会社についても詳しい知識はなかったんです。にもかかわらず、大事な新製品のコンセプトムービーという大仕事を、一度も組んだことのない僕にいきなり任せるというのは、すごい肝っ玉というか、大胆な決断をする企業だな、と(笑)」(辻川さん)

心躍るガジェット感をエッセンスに

しかし、その場で製品のモックアップを手にした辻川さんは、SIGMA fpの明確なコンセプトを感じ取ることができたと語ります。

「デザイン、プロダクトも、ロゴも、すごくシンプルでミニマルなんですよね。すべてにおいてコンセプトがはっきりしていてわかりやすいな、とまず感じました。であれば、映像も同じく、シンプルでミニマルに、カメラ自体をしっかり見せていこう、と。このカメラで何をどう撮るかという部分は、ムービーを見た人の想像に任せればいい。作例は一切入れず、カメラ自体の“合体感”を見せるだけで、このカメラのコンセプトは十分伝わると思いました」

小さな男の子が合体ロボにワクワクするようなガジェットとしての魅力。それがSIGMA fpを描くうえでのエッセンスだと感じたという辻川さん。

「実は初回のブレストの時点で、山木社長が『ムービーは007のスパイ道具みたいなイメージもいいんじゃないか』といったようなことをおっしゃっていたと聞いて、あぁ、なるほどと思ったんですよ。組み立てるとライフルになったり、スコープを取り付けると赤外線カメラになったり、そんなガチャガチャとしたガジェット感が、SIGMA fpにはある。もちろん、そのまま映像化するわけではなく、あくまでエッセンスとしてですが、そこは企画のうえで大事なポイントになりましたね」

辻川×Cornelius×SIGMAの合縁奇縁

こうして企画がスタートしたSIGMA fpのコンセプトムービー。「自分がこれまで一緒にやってきた、信頼のおける大好きな仲間同士で作ろう」と考えた辻川さんは、音楽をコーネリアス/小山田圭吾さんに依頼します。

「このお話があってすぐ、たまたま小山田くんと会ったんですよ。それで『今度SIGMAという企業の仕事をするかも』なんてちょっと話をしたら、『え、それって山木社長の会社じゃない? 山木さんって僕の学校の先輩で、すごく音楽好きなんだよ』って言い出して。これはすごく縁を感じるな、小山田くん以外はいないなと確信しました」(辻川さん)

「山木くん──あ、うちの学校って先輩でも後輩でも『くん付け』なんですよ──は学生の頃から音楽好きの優秀な先輩という印象で、お互いに『ザ・スミス』っていうバンドが好きで、話し込んだ思い出があります。SIGMAについては、正直なところ交換レンズの印象が強くて、カメラまで作っているとは知らなかったんですよ。辻川くんからも最初は『SIGMAがすごく小さくてすごく進化したカメラを開発していて』とざっくりとした話を聞いただけなんですけど、その時点でもう『fortissimo/pianissimo』というキーワードを提示してもらえたので、すごくイメージしやすかったですね。このワードにコンセプトが凝縮しているのを感じたし、山木くんと辻川くん、そして僕の間の“共通言語”としてしっかり機能したと思う」(小山田さん)

辻川さんはまず、自分がSIGMA fpを表現するにあたっての大事なポイントをまとめ、大まかな構成コンテを作成して小山田さんに提示します。センサー部分にぐっと寄ったアップシーンからだんだんとアングルが引いていって全貌が見え、そこからシンプルにレンズや付属品が増えていき、素早く変化してさまざまなバリエーションで登場する。途中でSIGMA fpを使っている人たちが入ったり、組み合わせが大がかりになったりしながら、また最初のセンサーのアップに戻ってムービーが終わる──。

「イメージの共有に加えて、辻川くんのコンテにはどういう音楽を作ればいいかがしっかり表れていたので、僕はそれを具現化するだけでよかった。悩む部分はなかったですね。このあたりで1回音が消えて、ここでニョキッと機材が出てくると描かれていれば、そこにニョキッとした音を入れればよくて(笑)。辻川くんとはコーネリアスのプロモーションビデオをずっと一緒に作っているので、多くを語らなくても感覚を共有できる。あとはひととおり音を作って聞いてもらって尺(映像の長さ)の調整をしたぐらいで、最初に上げた段階からはほとんど変更していません」

辻川さんと小山田さんの感性がぴたりとシンクロするかたちで、次第にムービーは詳細まで具体化していきました。

絵と音、そして映像。創発的クリエイションの妙味

「小山田くんに依頼した時点では、『未知との遭遇』のテーマ音楽のように、メインとなるメロディがあって、その組み合わせがシンプルに発展していくようなイメージを持っていたんです。映像もそれに合わせて見えやすく動いていく感じかな、と。でも、小山田くんから上がってきた音楽はそのイメージとは違い、もっと複雑で、とてもキャッチーなものだったんです。だから、結果的には構成コンテもさらに複雑になり、映像もそれこそカメラを中心にフィーチャーするのではなく、込み入った構成の中にカメラが埋もれているようなものになったんですが、それもまたよかったと思っています」

SIGMAと機材に精通した蓮井幹生氏が撮影を担当

一方、音楽と同様、あるいはそれ以上に大きな意味をもつのが、ムービーの中で多種多彩に登場するSIGMA fpのカメラコーディネーションでした。レンズやストロボ、グリップなどをどう選び、どう組み合わせるのか。キーパーソンとなったのは、今回の撮影を担当した写真家・映像作家の蓮井幹生さんです。

「今回僕がいちばん怖かったのは、撮影機材のことをよくわかってない自分が、深い知識なしに雰囲気だけでこういうコンセプチュアルなカメラを撮影するということ。だから、カメラコーディネートを間違わないように、撮影機材にとても詳しく、SIGMA愛の深い蓮井さんに参加してもらって、このカメラを使った組み合わせにはどんなものがあるのか、本当にいいアレンジメントというのはどういうものなのかを、一から教えてもらうことにしたんです」

「『なるほど、この機材はこういう使い方をするんですね』とか、『三脚にこうセットするといい感じに見えるんですね』とか、組み合わせや見せ方を一緒に試行錯誤しながら、このカメラの何が特長で、何が革新的なのか、全部教えていただきました」

撮影を担当した写真家・映像作家の蓮井幹生さん(左)

「システムとしての発展性」を余すところなく

蓮井さんはこれまで『SEIN 0nline』のグラヴィアページ「Scenery」などにも登場していただいていますが、SIGMAの製品、そしてSIGMAという企業に対する蓮井さんの知識と理解が、大きな助けになったと辻川さん。

また、蓮井さん自身は、撮影にあたってSIGMA fpの「システムとしての発展性」を意識したと語ります。

「SIGMA fpの第一印象は、やはりその小ささ。これならいつも持ち歩けそうだなと思いましたが、同時に面白さを強く感じたのが、発展性をもったシステムである点です。撮影では、その特長を印象づけるという意味で、映像はできる限り説明的にならないようにと考えました。さらに、コンセプトムービーとしての視覚的なインパクトと、できるかぎりミニマルな表現になるようシンプルなライティングを心がけました」

大がかりなセットと多彩なキャストによる完璧な撮影

実は、そのシステムの発展性を表現するうえで辻川さんや蓮井さんが苦心した点が、撮影時のSIGMA fpのポジションです。すべて実写で360度あらゆる方向から撮影され、音楽に合わせてさまざまにバリエーションが変わっていくこのムービー、実はSIGMA fpのセッティング位置を一切変えていないのです。

それは、SIGMA fpのサイズ感と無限の発展性を、的確に表現するため。「同ポジ(完全に同じ位置)」を保つべく、辻川さんたちは美術スタッフに依頼して特殊なセッティング機材を一から設計。さらに映画撮影にも使用されている大型のモーションコントロールアームを使用して撮影することで、「同ポジ」という大きな課題をクリアしました。

もう一つ、この作品が注目を集めるポイントとなったのが、さまざまな個性をもつ多数の出演者です。一人ひとりについての具体的な説明は一切入っていませんが、じつは学生、ダンサー、照明スタッフ、映像作家、なんと蓮井さんや辻川さんまで、さまざまなプロフィールの方たちが登場し、「シームレス」「スケーラブル」というコンセプトを表現しているのです。大切にしたのは「老若男女感かな」と辻川さん。

「たとえば、最初の打ち合わせの時点で、『学校の写真部っぽい子を入れよう』という話が出ていたんです。写真部の子たちが、学校で1台買ってもらってみんなで使うとか、そういうシーンも連想させられたら、と。言ってみればこのムービーは、『あらゆる使い方を何となくみんなで考えてね』系なんですよね。人もコーディネーションもできるだけ幅を持たせて門戸を広くし、どのスタイルがスタンダードなのかわからないくらい、ずうっと変化し続けるイメージ。それがSIGMA fpのもう一つの本質であるというコンセプトなんです」

つねに成長し発展し続ける「育つカメラ」

そう考えるようになったきっかけは、山木社長との最初の対話にあったと辻川さん。

「山木さんが、『このカメラは、自社のレンズにこだわらず、ライカのレンズでも何でも使えるように開発しているんです。SIGMA fpそのものが、デジタルカメラを脱構築するものだと考えています』とおっしゃって、そこに僕は、何となく輪郭がぼんやりしている状態のカメラという印象を受けたんですよ」

「“脱構築”というキーワードもあいまって、“リゾーム(地下茎)”というか、一方向ではなく多元的に伸び縮みする感じというか、変化し続ける、育ち続ける途中にあるカメラ。そういう概念をうまく描けないかと思いましたし、山木さんもそれを面白がってくださった。だから、見ている方向は最初から同じだったと思います」

“fortissimo/pianissimo”のミニマルな豊かさ

今回のプロジェクトがうまく進んだのは、辻川さんをはじめとする制作チームと、山木社長やSIGMAのスタッフとの間に齟齬がなく、常に同じ方向を目指し、ぶれることがなかったからだと、辻川さんは言います。それを象徴するのが、ムービーの最後のシーンでした。

「fortissimo/pianissimo(フォルティシモ/ピアニシモ)という言葉は、最大音と最小音を示す音楽用語で、このカメラのコンセプトを的確に表現している言葉だと思うんです。初めてネーミングの由来として聞いた時にも、日本のメーカーらしからぬ、すごく感性に響くネーミングだなと思ったので。で、これにさらに『変化し続ける』というイメージを表現するような言葉を映像に加えるべきかどうか、ちょっと考えたんです」

「でも、山木さんが、『fortissimo/pianissimoだけでいい』とおっしゃってくれて。すべて説明し尽くさないことで、それも全部が余白になって、見た人みんなが自分で考えてくれる。それが結局、『こんなカメラです』と言い切れないカメラであるfpを、結果的に表現することになるんだからと。その考え方がすごくいいなぁと思いましたし、作品としても非常に効果的でした」

爆発的な反響のコンセプトムービーに

SIGMA fpの発表と同時にコンセプトムービーが公開されると、SIGMAの公式サイトにはアクセスが集中。つながりにくい状況が1日近くも続きました。
公開24時間で17万回超、発表から1か月で32.5万回(2019年8月10日現在)という爆発的な再生回数を更新し続けています。

製品自体の注目度とともに、「最高メンバーによる映像」「カッコよすぎる」「めちゃくちゃオシャレ」と、これまでSIGMAの製品を知らなかった人たちの興味をムービーがひいてくれたことも、大きな要因になっています。

「ムービーの仕上がりは、撮影した自分自身の想像通りでしたが、オンエア後の視聴回数の多さに驚きました。それほど注目されたカメラの登場だったわけです」(蓮井さん)

「山木くんはじめSIGMAの人たちが描いたコンセプトと、それを受け止めた辻川くんのイメージが明快だったので、僕としてはとてもスムーズに制作できました。言語や国籍を問わない仕上がりだと思うので、より多くの人たちに見てもらえるといいですね」(小山田さん)

「自由に企画させてもらい、NGもなく、やりたいことをやりたいようにやれた。それがもう本当に楽しかったですね。僕としても、SIGMAというユニークでブレのない企業、SIGMA fpというとてもすてきな製品に関わることができて、この上なく光栄で誇らしいです」(辻川さん)

辻川さんをはじめ、音楽、撮影、照明、美術、編集……と素晴らしいスタッフの力が結集したコンセプトムービー。ぜひ一度ご覧ください。

|Masthead|

演出|辻川幸一郎(GLASSLOFT)
音楽|Cornelius
撮影|蓮井幹生 (蓮井幹生写真室)

プロデューサー|矢野健一(Spoon)、浅野早苗(GLASSLOFT)
照明|HIGASIX(WHITNEY)
美術|柳町建夫(GLASSLOFT)
特機|萩原茂(共立工芸)
DIT|丸山晋碁(CRANK)
ヘアメイク|秋田あゆみ
モーションコントロールプリビジュアライゼーション|三階直史(Mirage Inc.)
オフライン|大塚淳也
オンライン|木村仁(CONNECTION)
カラリスト|平田藍(PPC)
制作|戸村華恵(Spoon)、秋山瑠依(Spoon)、水野快

[出演者]
竹内スグル
外山輝信
蓮井幹生
水野快
吉開菜央
Chris Rudz
Eric Sedlak
Hana Hoshizawa Sedlak
HIGASIX(WHITNEY)
Hirano Masako
Momo Lee
Rita Hoshizawa Sedlak
timo

[機材協力]
Atomos

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