SIGMA meets SEEKERS vol.11

Early Summer/2017

[その先を追う表現者たち]

Yu Yamanaka

事実には、人がつくるストーリーを凌駕する不思議な力がある

  • 山中 有さん映像作家

『SIGMA Aizu, Japan』『blur』など、SIGMAのムービーを手がける映像作家、山中有さん。
対象のあるがままの姿に普遍的な美しさや価値を見出し、「嘘」のない、抑制の利いた映像で表現する圧倒的な力は、ドキュメンタリーの誠実な手法から生まれていました。

text : SEIN編集部 photo : Kitchen Minoru
lens : SIGMA 35mm F1.4 DG HSM | Art / SIGMA 50mm F1.4 DG HSM | Art

物理の道から映像の世界へ

キンと冷えた会津の空気と、ものづくりに専心する工場の人々。あるいは、ピンボケの写真ばかり撮り続ける父親と一人息子のストーリー。映像作家山中有さんが手がけたSIGMAのオリジナルムービーは、どれも抑制されたトーンと際立つ静謐さが見る者の心に深く残ります。
そんな山中さんが映画に興味を持つようになったのは、大学で物理を学んでいた頃でした。
「たまたま一般教養で映画評論家の暉峻創三先生の授業を受講したんです。当時まだそれほど有名じゃなかった北野武さんや、チェン・カイコーやホウ・シャオシェンといった監督の映画を次々に見せてくれて、それがすごく面白かったんですよ。それですっかりはまってしまい、そこからはもう、毎日レンタルビデオ店のアルバイトと映画ばかり。多い時は1日5本観ていました」
小説とも写真とも、音楽とも違う映画という表現方法が、単純に面白かったという山中さん。大学卒業後、映画会社の養成所に入所。Vシネマの撮影現場なども経験しながら、映画制作のノウハウを学びます。その後、28歳で映像ディレクターとして独立。CMを中心に夢中で仕事をするうち、ふと、「ドキュメンタリーがやりたいな」と思うようになったといいます。

“based on true story”の生々しさ

「もともとドキュメンタリー作品にはとても興味がありました。映画を観すぎたせいか、フィクションにはだんだん飽きてきてしまって、唯一変わらずに楽しめたのがbased on true story、つまり実話に基づいた映画。たとえば同じギャング映画でも、フィクションとノンフィクションとでは生々しさが違う。こぼれたコーヒーをギャングが拭く、それだけのことが、実話をもとにしているとものすごくリアルになるんです。写真家にしても、荒木経惟さんとか、石川梵さんとか、海外ではヴォルフガング・ティルマンスとか、日常の生々しい写真を撮る人が好きなんですよ」
山中さん初のドキュメンタリー作品は、2012年に開催された「テマヒマ展」のための『テマヒマ(東北の食と住)』。東北のものづくりを映像と音楽だけで描き、高い評価を集めました。SIGMA代表取締役社長の山木和人が山中さんの作品を知ったのもこの時。折しも「SIGMA GLOBAL VI SION」の発足時であり、山木は「新しいSIGMAのイメージムービーを撮ってもらいたい」と強く希望。そこで実現したのが、会津工場を撮影した『SIGMA Aizu, Japan』だったのです。
「このムービーではまず、SIGMAが根ざしている、緑も水も美しい会津の環境を撮りたいと思いました。それと、実直で裏表がない、SIGMAのSIGMAらしさ。会津工場の人たちは、とにかく頑固そうで忍耐強い。ああいうプロモーションムービーは本来、手元だけで製造工程を全部表現できるのですが、工場の方たちの表情がすごくよかったので、それを織りまぜて撮りました」
Aizuムービーは3年連続でパート3まで制作され、3部作に。その後もレンズプロモーションビデオなどの撮影を依頼するうち、SIGMAのCI(コーポレートアイデンティティ)になるような作品がつくれないだろうかと、『blur』の企画が具体化していきました。

『SIGMA Aizu,Japan』(2012-2014年)。「会津工場はMade in Japanの純潔のような工場」と山中さん。

人間って、こんなに貴いものなんだよね

「ハリウッドで撮ったほうがいいかな、写真に関係する話がいいだろうな、といろいろ考えているうち、ある晩お酒を飲んでいてパッと思いついたんですよね。ダメな親父がいて、人生自体がボケてて、撮る写真もピンボケで……というストーリーはどうだろうと。SIGMAさんとしては微妙かな、とは思ったんですが(笑)、これだけ解像度が高い機材をつくっている会社だから、写真がピンボケという設定が逆に面白いかも、と」
古いフィルムカメラでひたすらピンボケ写真を撮影する、冴えない父親の姿。この作品は、普遍的な写真の素晴らしさへの共感と敬意を表したものとなり、国内外で大きな反響を呼びました。
「『blur』でもテーマになっていますが、言葉に頼らないでどれだけ気持ちを伝えられるかなんですよね。文章にしてしまうと表現し切れない間(ま)の感覚は、映像がいちばん表現できると思うんです。だから、ドキュメンタリーを制作するうえでは、なるべく説明がなくても分かるように撮る、ということと、ふとした表情を撮り逃さないということを、常に意識しています」
しかし、それこそがドキュメンタリーの難しさ。山中さんにも失敗が「どれを話せばいいのか分からないほどある(笑)」とか。長期にわたって撮り続けていた相手から、最後の最後で撮影を拒否され、すべて水泡に帰したことも。そうしたさまざまなハードルがあっても、やはりドキュメンタリーを撮るのは楽しい、と山中さん。
「僕がドキュメンタリーを撮影するのは、自分のささやかな発見に共感してほしいだけなのかもしれません。人間ってこんなに弱いものなんだよとか、こんなにかわいい、こんなに貴いものだよね、と誰かに見せて、『うん、そうだよね』と言われたい……そんなことなんじゃないかな」

SIGMAの普遍的なメッセージ「写真の素晴らしさ」を題材にした初の映画作品『blur』(2016年)。

T2ズームレンズがもたらすもの

『blur』はSIGMAのシネレンズを使用した作品です。実は、シネレンズの開発にあたっては、ごく初期の段階で山中さんから山木に対し、何気ないリクエストがあったことも影響しているのです。
「僕はシネマ・フリックなドキュメンタリーが撮りたいので、映画用の小さいカメラやレンズで撮影することが多いんです。それに、被写体にあまり干渉しないよう自分の存在感を消すにも、装備はなるべくコンパクトにしたい。大きなズームレンズを構えると、狙撃されそうな威圧感があるでしょう(笑)。そういう面で、コンパクトで高性能、かつ現実的な価格のレンズが必須なので、『SIGMAさんなら実現できるし、実現してほしい』と山木さんにリクエストしました」
SIGMAのシネレンズがハリウッドの第一線で使われるようなレベルに仕上がるのか、非常に興味があったという山中さん。アメリカではSIGMAのArtシリーズの評価が高く、しかも、ムービーカメラマンから人気があるそうですが、『blur』はすべてハリウッドで制作されたため、現地のスタッフの反応が気になったといいます。
「もう、みんな触りに来ましたよ、興味津々で。そもそもT2のズームレンズなんて、まずないんですから。映画の現場で、あと30分でこのシーンを撮らなければならないというようなギリギリの時、単焦点のレンズを何本も交換しながら撮っていくのは本当に大変なんです。映画のカメラはレンズ交換自体にかなり時間がかかりますから。ところがSIGMAのシネレンズの場合、ズームレンズ1本でかなり撮り回せるわけで、時間を大幅に短縮することができます」

ハリウッドでは制作時間が30分オーバーするだけで、莫大なコストが発生します。撮影時間の短縮は予算的に大きな魅力であり、その時間を演出のために使えれば、映像のクオリティーを上げることにもつながります。
「低予算の映画や、小さなプロダクションや個人のカメラマン、さらに、ドキュメンタリーのように機動力とデリカシーが同時に必要とされる現場では、他に存在しない能力を持ったレンズだという気がしますね」
撮影機材が作品の質や制作の効率に直結するものであることを、改めて語ってくれた山中さん。今後は日本ならではの話を、日本でしっかり撮ってみたい、さらには長編映画にも挑戦してみたいといいます。次作以降もやはり、“based on true story”の作品になるのでしょうか。
「やっぱり、一人の人間が頭の中でストーリーを考えるのには限界がありますし、事実にはそれを凌駕する不思議な力があるんですよ。人間って面白いもので、僕らが考えている以上に変な仕草をしていたり、変な表情をしていたりしますから。それがフィクション映画だと、どうしても『こういう人いるよね』という想像から入ってしまう。そうではないものを撮ってみたいという思いは、常にあります」

山中 有

映像作家/ディレクター

1976年山梨県生まれ。2010年、株式会社ブルードキュメンタリーを設立。主な仕事に、「三宅一生展」出品『紙衣』、「テマヒマ展」出品『テマヒマ(東北の食と住)』、NHK大河ドラマ『八重の桜』タイトルバック(クリエイターズパート)、ソニーアクアリウム短編映画『手織りの鳴る島』など多数。

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