SIGMA meets SEEKERS vol.3

Winter/2015

[その先を追う表現者たち]

Peter Barakan

人生そのものに向き合う音楽を
自分の選曲で、リスナーに伝えたい

  • ピーター・バラカンさんブロードキャスター

人気やヒットチャートにかかわらず、独自の視点と選曲で、世界から良質な音楽を紹介するピーター・バラカンさん。
本当に良いものと思えるものを、誠実に、しかし妥協なく届ける。
変わらぬその姿勢に「SEEKER」としての気概が垣間見えます。

photo : Motonobu Okada lens : SIGMA 50mm F1.4 DG HSM ︱Art

ピーター・バラカンさんの番組で世界各地の音楽に出会い、歌詞に込められたメッセージや時代背景を知ったという人が、『SEIN』の読者にも多いことでしょう。
「うれしいですね。僕は肩書きを問われると『ブロードキャスター』と答えるようにしています。音楽番組の他に、1988年に『CBSドキュメント』というテレビの報道番組に出演したことから、そう名乗るようになりました。放送メディアを通じて表現をする人、という意味です。何を表現するかといえば、文章でライターがやることと一緒で、自分が感じた思いや疑問などを番組内で率直に伝えるだけのことです。曲紹介はもちろんのこと、必要だと思えば、歌詞の内容などに触れることで、メッセージの伝わり方は違ってきますね」
中学生の頃に聴いたボブ・ディランの曲が、社会問題に関心を持つきっかけになったバラカンさんにとって、音楽は聴いて楽しむだけでなく、社会や時代と分かち難く結びついていると言います。そんなバラカンさんの選曲の基準とは……?
「純粋に音楽と向き合い、素晴らしい音楽を生み出している世界のミュージシャンたちを少しでも多くの人に知ってほしいと考えています。ですから、選曲は決して他人任せにはしません。また台本を読んでお行儀良くしゃべることもしません。現在の日本のラジオ番組には、しゃべり手が自分で選曲せず、局側が選んだ曲をそのまま流し、用意された台本を読んでいるような番組も多いんです。それでは音楽の本当の素晴らしさが伝わらないし、僕が関わる意味はないと考えています。『選曲だって一つの表現』と捉えれば、決しておろそかにはできません」
バラカンさんは著書で、放送界にも商業主義の波は及んでいると書いています。
「かつては多くの国で、一社が複数の放送局を所有することはできませんでした。それが現在では規制緩和で、一社が数百の局を所有しているケースもアメリカにはあります。そうなると、どうしても親会社の経営陣による、効率主義、商業主義が番組に影を落とします。個々のステイションが持っていた個性をあっさり捨て去り、当たり障りのない番組編成にガラッと変えてしまう傾向がある。結果として、似たような番組ばかりになります」
「人気がある」ということと、商業的な「価値がある」ということは、必ずしも一致しない。ラジオに限らず、音楽でも他の分野でも同じです。
「僕の経験ではリスナーが好むこととスポンサーが求めることは異なります。これまで、さまざまな放送局と仕事をしてきましたが、いちばん長続きしたのが公共放送のNHK FM。聴取率よりも、内容を重視してくれるからです。僕は、商業主義のすべてがいけないとは思いません。ただし、それ一辺倒になるのが問題なのです。どの局からもアイドルやタレントのおしゃべりばかり流れてきたら、ラジオから離れてしまう人だっていますよ。僕たちの共有財産である電波を使う以上、民放ではあっても放送局や番組に携わる者には、社会的な使命があるはず。子供の頃からラジオを聴いてきた僕に使命があるとすれば、それは音楽の素晴らしさを、情熱を持って伝え続けていくことだと思っています」

人生の歓び哀しみに向き合い表現している音が「ブルーズ心のある音楽」。ジャンルを問わず、そうした音楽に惹かれると語る。

では、そんなバラカンさんにとって、「いい音楽」とはどのようなものなのでしょう。
「う~ん、いろいろあり過ぎて難しい……(笑)。強いて言葉にすれば、『ブルーズ心のある音楽』でしょうか。ただし音楽ジャンルとしてのBlues ではありません。ウィリー・ディクソンという、シカゴ・ブルーズで活躍した人が自伝で、ブルーズとは『facts of life』だと書いています。直訳すれば、人生の事実。つまり生きることのすべて。人生の歓び哀しみに向き合い、その感情を表現し得ているのが、ブルーズ心のある音楽です」
ジャンルはなんであれ、そうした音楽に強く惹かれる、とバラカンさん。
「僕は、番組でかける音楽をリスナーに強制するつもりは、まったくないんです。何かの気づきになってくれれば、それで十分。音楽に限らず、映画や本でも誰かに紹介されないと、作品があることすら知らずに終わってしまいますよね。もともと文化は、他人に強制すべきものではないし、できるものでもありませんが、自分の思いと共に紹介することならできます。潜在的に興味を抱いている人なら、少しの気づき、何かのきっかけさえあれば、後は自分で面白いことを探し始めます。そんなリスナーの好奇心に訴える番組や企画を、これからも届けていきます。ぜひ、次はラジオで、またお耳にかかりましょう!」

昨年は音楽フェスティヴァル「Peter Barakan’s LIVE MAGIC!」の監修にも初挑戦した。

My favorite photographer | Peter Barakan

アンリ・カルティエ=ブレッソン
© Henri Cartier-Bresson / Magnum Photos

日常に潜む決定的な瞬間

「いちばん好きな写真家といえば、アンリ・カルティエ=ブレッソンですね。アーティスティックで、かつドキュメンタリー的、その両方を兼ね備えて、まるで神業みたいな『決定的瞬間』を見せてくれる。例えば左の写真の、跳ぶ男の踵が水溜りに触れるか触れないかという、その一瞬。どんなに写真を見ても分からないんですよ、『なんでこの瞬間が撮れたの?』って(笑)。何度見ても見飽きることがない、大好きな写真家です」(ピーター・バラカンさん)

© Henri Cartier-Bresson / Magnum Photos

Henri Cartier-Bresson/1908年フランス生まれ。’33年にニューヨーク、スペインで初めての写真展を開催。’47年、キャパらと写真家集団「マグナム・フォト」を設立。’52年に発表した写真集『決定的瞬間』で写真界に大きな影響を与える。2004年、95歳で死去。

ピーター・バラカン

ブロードキャスター

1951年ロンドン生まれ。’74年の来日以来、出版関係の仕事を経て、放送メディアを中心に独自の選曲で世界各地の音楽を紹介。著書に『ラジオのこちら側で』(岩波新書)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)など。

Share on social media