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EVENT REPORT
武相荘×SIGMA共同企画
『Art of Life(日常の美)』

終戦直後、GHQとの折衝を担った実業家・白洲次郎と随筆家・白洲正子夫妻の美意識と生活思想を垣間見られる文化施設「武相荘」。そして写真と道具、表現と技術の関わりを問い続け、「アーティストのための撮影機材」をコンセプトにユニークでコンセプチュアルなカメラ/レンズを手がけるSIGMA。本企画は、緑豊かな多摩丘陵に根差し、独自の価値観のもと事業を展開する両者が、“Art of Life(日常の美)”をテーマに7ヵ月にわたり空間×写真でコラボレーションする初の試みです。

ここでは、オープニング企画として7月21日に開催した、武相荘館長・牧山圭男さん、写真家・大門美奈さん、SIGMA代表取締役社長・山木和人による鼎談形式の「クロストーク」をダイジェストでご紹介。大門さんが武相荘の四季を撮った『武相荘写真歳時記(春夏編)』展、クロストークと同日に開催された大門さんによる撮影講座の模様とともにお届けします。

『Art of Life(日常の美)』に関する詳細情報はこちら

text:SEIN編集部 photo:Hirofumi Kamaya

2018.10.03

武相荘について

東京都町田市(鶴川)の丘陵地にある白洲次郎・正子夫妻の旧邸宅。 現在は記念館・資料館として一般公開されている。武相荘の名の由来は「武蔵の国と相模の国の境に位置する」ことと「無愛想」を掛けて命名され、多くの来館者が訪れている。
公式サイト|https://buaiso.com/about_buaiso/

住所:〒195-0053 東京都町田市能ヶ谷7-3-2
電話:042-735-5732
開館時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(祝日・振替休日を除く)夏季・冬季休業日(公式カレンダーhttps://buaiso.com/ki/info/calendarでご確認ください)
アクセス:https://buaiso.com/access_guide/access.html

『Art of Life(日常の美)』
オープニング企画クロストーク

白洲次郎・正子夫妻の終の棲家「武相荘」

山木:皆様、よろしくお願い致します。進行役を務めさせていただきます、山木と申します。今日は初めて武相荘に来られたという方も結構いらっしゃるようですね。まずは牧山さんから武相荘の来歴についてご紹介いただけますか?

牧山:武相荘というのは、白洲次郎と正子が、戦争が激しくなった頃に引っ越してきて、終の棲家として死ぬまで暮らした家です。古い農家を居抜きで買い取り、自分たちで手を入れて楽しく暮らしていました。二人の没後、娘である私の家内が継ぎ、どうしていくかを思案するうち、「せっかくだから一般公開を」と決断して今日に至ります。
公開当初は日本の美や骨董に造詣が深かった白洲正子のファンが大勢来てくださりました。次に、NHKドラマスペシャル『白洲次郎』(2009年)が放映され、次郎のことも広く一般に知られるところとなり、次郎と正子のファンがみえるようになりました。
その後、納屋や作業場として使っていた建物に改修を加えたり、駐車場やレストラン、遊歩道などもつくって、もっと多くの方々に楽しんでいただけるよう整えてきました。武相荘では、陶芸教室や骨董市、音楽会や伝統芸能なども企画して、空間と催しとを楽しんでいただいています。

随筆家・白洲正子の美意識が息づく

山木:戦時中に白洲次郎さんが「このままアメリカと戦争しても勝てない、食糧不足になる可能性があるから、田舎に農家を買って自給自足の生活をしよう」と考えて移住された。そして古民家をご自身の趣味に合うようリノベーションしてこのような趣のある佇まいになった、という理解で合っていますでしょうか。牧山さんご夫妻も白洲ご夫妻の生活思想やセンスを継承して今のこの武相荘に活かしているように感じます。

牧山:そうですね。でも実際には、ここでの暮らし方の主導権を握っていたのは正子なんです。正子は薩摩の伯爵令嬢で「日本の美」に造詣が深く、こう暮らしたいという美意識も高かった。もちろん次郎にも趣味やこだわりはありましたが、ここにある調度品や器はどれも正子の趣味で調えられてきたものなんです。
とはいえ、ご覧のとおり、見た目はどれも素朴で、きらびやかさや贅沢趣味とも違う独特の美意識に裏打ちされていますね。そういう意味では、二人は基本的な価値観や生活思想を共有していたと言ってよいと思います。この武相荘の野趣といいますか、つくり込んでいない風情もそうですね。そんなところも皆さんには被写体として面白さを感じていただけるんじゃないでしょうか。

地縁から生まれた武相荘×SIGMAのコラボレーション

山木:今回のコラボレーションのきっかけをお話すると、共通の知人を介して牧山さんご夫妻と知り合ったのですが、「写真にまつわる催しが何かできないか」という話になりまして。本社とは車でたった5分ほどの「ご近所」ですし、鶴川は私の母校があって思い入れのある土地でもあるので、それならぜひに、と当社から企画をご提案させていただいたんです。
かねがね「地域社会とどう関わり、貢献するか」という地域貢献の観点で、本社の近くでも何かできないかと考えていたところに、憧れてやまない武相荘さんと写真を介してご一緒できるなら、こんなに嬉しいことはないですから。
それで、社内でもさまざまに議論し、日常の中の何気ない美を切り取って作品に仕上げる大門さんと武相荘さんなら面白い催しになるだろうということになったんです。
大門さん、武相荘には今回の企画を機に初めていらしたんですよね。

目の前にそびえる「白洲邸」にどう向かうか

大門:はい。実は、初めてこちらに伺った時は、「これは難題だぞ……」と思ったんですよね。というのも、展示と撮影の場所が同じですし、しかもここにあるのはすべて超一級品ばかりなので。すでに素晴らしいものを、実物と同じ場所で、それよりさらに良く見せなければならないわけなので……。
その上、撮影時間も3ヵ月と短いですし。私の場合、作品づくりには少なくとも3~4年、長いと10年近くかけているので、とにかく直感的に「いいな」と感じたものを撮っていくしかないと思って始めたんです。でもやっぱり、それだけだと撮影の動機としてもどこか物足りないんですよね。そこで、他のアプローチを模索していたところ、たまたま書店で手にした免疫学者の多田富雄さんの著書の1ページ目に「白洲正子」の名があって、これは何かの啓示に違いない!と思って読み耽りました(笑)。

牧山:多田さんはここへも何回かみえましたよ。

山木:私も多田さんのファンで、ご著書は愛読しました。確かお能もなさいますよね。

牧山:はい。お能の台本も書かれています。

大門:本には、白洲正子さんと一緒にスッポン鍋を食した、京都に行った、骨董を買いに行った、料亭で目にした骨董を「これ、頂戴」と言った、なんてエピソードがたくさんあって、そんな情景も想像しながら撮り進めるうちに、何となくイメージに形を与えられるようになった気がします。

四季折々の風趣を楽しめる武相荘

山木:今回受講される方は、夏休みの間は何度でも武相荘に来て作品撮りができますね。その時々で天気や光の違いを感じることもあると思うんですが、物の見方や切り取り方も変わって面白いかもしれないですね。

大門:はい。私も今回3~4ヵ月くらい撮影しましたが、その間にも季節の移り変わりの美しさ、素晴らしさはすごく感じました。たった1週間で植物の茂りが変わり、そのために光の入り方も変わる。あるいは足元のかわいい実に目がいったり、そういった小さな気づきを見つけながら撮影するのは楽しかったです。

牧山:正子は「日本の文化というのは、食でも何でも豊かな四季に支えられているんだ」とよく言っておりました。ここもそうした考えが底流にあると思います。私個人は今頃の深緑の武相荘が生き生きして好きですね。もちろん、冬の雪景色や秋の紅葉はなんとも言えず美しいです。正子が好んで植えた多種多様な椿がめいめいに咲く様や、竹やぶの清々しさもいいものです。これと絞れず答えになりませんが、いつでも全部いいということで……(笑)。

「正子が写真を見たらきっと喜ぶだろう」

牧山:今回、大門さんがどんな風に写真に表されるかとても楽しみでしたが、実際に仕上がりを見たら、自分たちが見慣れている武相荘とは全然違っていて驚きました。私は写真の門外漢ですが、大門さんの着眼点や切り取り方の意外性、そして表現の美しさには驚かされました。
例えばこの徳利の写真なんか、正子が見たら喜ぶだろうと思いますよ。あれで一献傾けている情景が浮かびますもの。この大正ガラスもそうですし、この次郎手製の靴べらもそうです。こういうものをあえて選んで撮るとは全く思い至りませんでした。
でも、確かにどれも「武相荘」ですし、抑えた色調なのにものすごく「色」を感じます。このハスの花なんかも、こんな葉の際に留まった水滴の構図が面白い。素人の感想ですが、大門さんの作品は「あやうさ」が動きになっていて、静かな躍動感みたいなものが感じられてとてもいいです。びっくりしました。

大門:ありがとうございます。

山木:「正子さんに喜ばれる」と、これ以上ないお褒めの言葉をいただきましたね。

大門:恐れ入ります。嬉しいです。

「日本の伝統的な比率」を意識した絵作り

山木:大門さんの作品には叙情的というか、写真の裏側のストーリーとかシーンみたいなものを想起させるような印象を私も持っていますが、撮る時にはご自身ではどんなところを意識しているんですか?

大門:今回は構図をすごく意識しました。普段は3:2とか4:3のアスペクト比で撮るんですが、今回のように日本家屋内で展示するなら「日本の比率」にしようと思って。

山木:日本の比率というと?

大門:日本の比率って、調べたら1:√2とか3:5とかの特殊な縦横比なんです。「白銀比」とか「プラチナ比」って呼ばれるみたいです。障子の比率も1:√2で、伝統的なものらしいですね。SIGMAのカメラはいろんなアスペクト比を選べるのですが、もちろん「プラチナ比」はメニューにないので、近い比率で撮影してトリミングしていました。

山木:それ、いいですね。ファームアップの時にその比率も加えようかな(笑)。

「仄暗さ」の魅力をひきだす

山木:大門さんはご自身のスタイルを持っていらっしゃいますが、撮影の際に特に意識していることはありますか?

大門:一番大事なのは光ですかね。意図したわけではないのですが、作品を見ると逆光が多いんですね。被写体が立体的に見えたりとか、雨が降っているような情景だと、より艶っぽく見えたり、より美しく表せるように思います。
武相荘に関して言えば、室内の「暗さ」を特に意識していました。暗いことは悪いことのように思われがちなんですが、古来、日本には「仄暗い、仄明るい」という言葉もあるように、心地よい暗さというものもあると思うんです。たとえば畳に反射した外光が当たっている被写体を撮ったり。素晴らしい調度品のディテールを撮ったりとか、そういうところを意識するといいんじゃないでしょうか。
それと、偉そうな言い方になってしまうかもしれないんですが、まずは「自分が何を好きか」をちゃんとわかっていることがすごく重要だと思っています。例えば誰かの指先とか足が好きだとか、対象はなんでもいいし、フェティッシュなことでもいいのですが、「なぜそれが好きなのだろう」ということを突き詰めて考える。そして、何を撮ってもその強い何かが表れている写真を撮れるように意識したらいいのかなと思います。

「プリンシプル」の大切さ

山木:ところで、牧山さん、次郎・正子ご夫妻はそれぞれにスタイルや考えをご自身の人生において貫かれていたと思うのですが、牧山さんご夫妻は身近でどのようにご覧になっていましたか?

牧山:次郎が大事にしていた「プリンシプル」、つまり原理原則とか信条を貫く姿勢は、身内の僕らから見てもきっぱりとして、大したものでした。正子も次郎もそれぞれの生き方や、大事にしているものに対して決してぶれず、言い訳を聞いたこともなかった。周囲の人も「まあ、あの人たちが言うんだから、きっと正しいんだろう」と認めていましたから、これだけ潔くシンプルに生きていけたらいいな、と思ったものです。

山木:そうしたところは牧山さんご夫妻にも受け継がれていると感じます。
「プリンシプル」といえば、当社を代表するカメラの初代「DP1」のキャッチコピーが「プリンシプルカメラ」だったんですよね。写真の本質とか原理原則を潔く選び抜き、きちんと突き詰めるカメラというコンセプトでした。その割にはシャッタースピードが遅くて、ぶれやすい。ぶれないという点ではちょっとアレだったんですが……(笑)。そんな話をちょっと思い出しました。

「人生の幸福を写す」ための仕事

山木:写真ということで少し当社の話をさせていただくと、当社は1961年に私の父の山木道広がつくった会社なんですね。昔から父がよく「カメラとかレンズというのは、基本的には幸せな瞬間に使われるものなんだ」と言っていたんです。「入学や卒業、旅行といった家族の記念日、ハッピーモーメントに使われる、すごくやりがいのある仕事なんだから、おまえもちゃんと勉強して立派になって会社を継げ」と小さい頃から言われて育ったんです。経営者となった今も時々、何のために仕事を、事業をしているのかを自問する時に、このことを思い出すんです。もちろん、カメラやレンズが真善美のためだけに使われるとは限らないんだけれども、でも、基本的には製品を通じて人生の幸せに貢献できることがやりがいになっている。もっといいものをつくろうというモチベーションにつながるということを日々感じているんですね。ちょっとSIGMAの話になりましたけれども、そんな気持ちでやっております。

牧山:そうした取り組みがこうした作品に結びついているんですね。

大門:はい、そうですね。

山木:ですから、当社の製品で撮られた作品をこうして拝見できることは、当社にとっても非常に嬉しいことなんです。

武相荘でしか味わうことのできないもの

山木:そろそろ時間も迫ってきました。話は尽きないのですが、牧山さん、これから初めて武相荘に来られる方にもメッセージをお願いできますか?

牧山:ありがたいことに、今も日々100人近い方が武相荘に来てくださっています。正子の骨董が見たい、新しい「宝物」に会えるんじゃないかという期待とともに。私の希望は、ちょっと変わった夫婦が長い時間をかけて創り出したこの空間のあるがままの姿を見、ここに漂う空気を吸って、いい意味での生活感みたいなものを一緒に味わっていただけたらありがたいなと思っています。今回こうしたイベントに参加された皆様が、武相荘をご覧になってどう感じられたかを作品展でも拝見できることを楽しみにしています。

山木:最後に私から付け加えさせていただくと、武相荘のレストランとかバーもぜひお楽しみいただきたいですね。先日もこちらで会食したのですが、都心の喧噪とは無縁の静けさ・暗さの中で、次郎さん、正子さんがここで過ごしていたであろう時間や雰囲気を感じながら、おいしいお酒やお食事をゆっくりいただけるのは格別ですよ。
それでは皆さん、今日はありがとうございました。午後の講座もお楽しみください。


午後の撮影講座では、「武相荘写真歳時記」で展示した大門さんの作品をスライドで見ながら、制作時の秘話や撮影のテクニックなどを解説していただきました。

講座後半の撮影実習では、参加者の方々と撮影を楽しんだ大門さん。新緑美しい自然の中で、皆さん想い想いの時間を過ごしました。


武相荘では10月以降も展示を予定しております。詳細は下記のURLからご確認ください。

2018年 10月13日(土)〜11月30日(金)
大門美奈さん撮影講座受講者によるグループ展

2019年 3月21日(木)〜5月6日(月)
大門美奈写真展『武相荘写真歳時記-秋冬編』
*展示日程変更について

左:山木和人 中央:大門美奈 右:牧山圭男

牧山圭男

旧白洲邸・武相荘 館長

慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1965年に白洲桂子と結婚。(株)ヤナセを経て(株)西武百貨店入社、六本木WAVE開設に参画。1986年に西武百貨店 取締役に就任、LOFT開設に参画。ギャラリー、商社などの役員を歴任しながら自らも陶芸作家として活動。2005年より武相荘の運営母体である(株)こうげいの取締役に就任。

大門美奈

写真家

東京農業大学造園学科で都市計画を専攻。2011年より写真家として活動開始。SIGMA dp3 Quattroユーザーとして多くの作品を撮影。第1回キヤノンフォトグラファーズセッションファイナリスト。無印良品、ファッションブランドとのコラボ企画に参加。主な写真展に「Portugal」(リコーフォトギャラリーRING CUBE)、「本日の箱庭展 – the Miniature Garden -」(72 Gallery)。写真集に「Al-Andalus」(桜花出版)がある。2017年、「International Photography Awards 2017」にてHonorable Mentionに選出。創作活動についてはSIGMAウェブマガジン「SEIN」SIGMA dp Photo Galleryなどでも紹介。

山木和人

(株)シグマ 代表取締役社長

1993年 株式会社シグマに入社。機構設計などを担当後、経営企画室に入る。2000年から開始したカメラプロジェクトのプロジェクトリーダーを務め、2005年に取締役社長に就任。2012年に代表取締役社長に就任、現在に至る。

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