フォトヒロノブ

追憶のランウェイ32L
RUNWAY 32L REVISTED

2018.08.08

「何處から何處へ、といふことは、人生の根本問題である。我々は何處から來たのであるか。そして何處へ行くのであるか、これがつねに人生の根本的な謎である。」

哲学者・三木清は『人生論ノート』のなかの「旅について」で、こう述べている。

私は、幼い頃からある場所に惹かれてきた。私が生まれ育ったのは、空を見上げると5分に1度、高度を下げていく航空機が見える街だった。小学3年生の時だ。あの飛行機はいったいどこへ行くのだろう?そう思った私は、航跡を追って歩いた。

2時間近く歩いて見つけたのは、この場所だった。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 14-24mm F2.8 DG HSM | Art f8 1/250秒 JPG

小学生の私は、大阪国際空港、通称・伊丹空港の滑走路端にたどりついたのである。もう40年も前の話だ。

初めてこの場所に立った時の驚きは言い表すことができない。頭上ほんの十数メートルを通り過ぎ、着陸してゆく旅客機。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f6.3 1/160秒 JPG

その轟音。吹きつける突風。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f5.6 1/320秒 JPG

燃料、ケロシンの匂い。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f5.6 1/160秒 JPG

そして、どこへ飛び立って行くのか、誘導路から現れ離陸してゆく機体。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 14-24mm F2.8 DG HSM | Art f8 1/250秒 JPG

いまではこの場所、滑走路番号32Lは、インターネット検索サイトの広告のロケ地にもなり、週末ともなればプロ、アマチュアのカメラマンの三脚が数十も林立する。だが、40年前のあの日、ここには誰もいなかった。

気がつけば、小学生の私は、いつもたったひとりでこの場所を訪れるようになっていた。あの飛行機はどこから来て、あの飛行機はどこへ行くのか。そして、去っていく太陽もまた、どこから来てどこへ行くのか。幼い私はそのことばかり考えていたように思う。

いつしか、ここは、ひとりになり、ひとりで考える、私が私自身の心を守るための大切な場所になっていた。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 14-24mm F2.8 DG HSM | Art f8 1/250秒

小学生の私は、図画の時間にその大切な場所を切り絵にすることを試みた。

おそらく、これを見た誰もが、これが何なのかよくわからなかったことだろう。

40年前の記録と記憶が詰まった箱を開けてみた。大切な場所を心に焼き付けようとした証左は、ほかにもあった。

Canon AF35ML 40mm/F1.9 1981年に撮影
Canon AF35ML 40mm/F1.9 1981年に撮影

1981年、小学5年生の私が撮影した写真である。この年、発売されたCanon AF35MLは「オートボーイスーパー」の愛称で呼ばれ、大口径40mm/F1.9の単焦点レンズが与えられていた。私は、父にねだって買ってもらったその最新鋭の小さなカメラの箱を開け、真っ先にこの場所へ向かい、シャッターを切ったのだった。プリントはやや黄変して褪色してはいるが、今はなきパンナムのボーイング747が捉えられている。まだ関西国際空港はなく、そのころの伊丹空港はすべての国際線が発着する、幼い私にとってまさに世界への架け橋だった。

Canon AF35ML 40mm/F1.9 1981年に撮影
Canon AF35ML 40mm/F1.9 1981年に撮影

1981年と、2018年のいま、私がこの場所に抱く思いは、変容した部分もあり、変わらないところもある。着陸し離陸する機影に、昇りそして沈みゆく天体の姿に、どこから来てどこへ行くのかと問う心は変わらない。ただ、それに加えて、50年近く生きた自らの生命もどこから来てどこへ行くのかと、重ね合わせる自分がいる。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f5.6 1/160秒 JPG

三木清は続ける。

「旅は我々に人生を味はさせる。あの遠さの感情も、あの近さの感情も、あの運動の感情も、私はそれらが客観的な遠さや近さや運動に關係するものでないことを述べてきた。旅において出會ふのはつねに自己自身である。自然の中を行く旅においても、我々は絶えず自己自身に出會ふのである。旅は人生のほかにあるのでなく、むしろ人生そのものの姿である。」

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f6.3 1/500秒 JPG

SIGMA 14-24mm F2.8 DG HSM | Artはその圧倒的な明るさと広さで、記憶を照らす。

SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporaryはその驚くばかりの射程で、追憶の距離を詰めてゆく。

600ミリという超望遠にも関わらず、三脚台座を外せばそのまま振り回すことができる。手ブレ補正の効果は強力だ。薄暮の黄昏のなか撮られ、ここに載せた写真は、すべて手持ちで撮影したものである。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f6.3 1/500秒 JPG

日が落ち、月が昇る。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f5.6 1/30秒 JPG
Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM | Contemporary f6.3 1/20秒 JPG

三木清は言う。

「動きながら止まり、止まりながら動く」

「人生の行路は遠くて、しかも近い」

あの思い出へのディスタンスも、あの記憶のパースペクティブも、心の焦点距離の長さも、その広さも、私はそのすべてを光に変え、レンズを通過させようとする。

物心ついた時から、私は動きながら時を止めようとし、止まりながら動こうとする「写真者」であろうとしていた。そんなことに気がついた2018年の夏だった。

……にしても、今回の撮影はものすごーく、暑かったです。

田中 泰延

1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライターとして24年間勤務ののち、2016年に退職。「青年失業家」「写真者」を名乗り活動を始める。2019年、初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。Twitter:@hironobutnk

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