フォトヒロノブ

写真者、東北へ。

2018.04.05

夢も希望もぶち壊すなにか、というものがある。

 

この「SEIN」で前回から連載が始まったこちら『フォトヒロノブ』で、私は自らのことを「写真者」と名乗った。

自分でこういうことを説明するのは情けないのだが、これは、私は写真については素人であるから初心者、つまり「しょしんしゃ」という発音にひっかけたお洒落というか駄洒落というかなんちゅうか本中華なのである。

「写真の初心者、しゃしんしゃ」と呼んでもらいたいわけだが、そんな私の夢も希望も希望小売価格もぶち壊してくれる人が何人も現れた。「田中さん、読みましたよ!しゃしんもの!」と言ってくださる人たちである。漢字が日本に輸入されて音読みと訓読みの両方が生まれた時代が憎い。今度からタイトルをクリックしたら私の読み上げが始まる仕様にする。

さて、この連載は、「SIGMAから一時的に預かったレンズやカメラを素人が使ってみる」という試みなのであるが、今回は、超弩級に変なカメラを借り受けた。

SIGMA dp0 Quattro。…正面から見ただけでは変なカメラ度が伝わらない。

なんだこれは。

なにをどうやったらこんな形の工業製品ができるのか。そしてこれは持ちやすいかというと、

持ちにくい。

SIGMA dpシリーズは、Foveon X3センサーと専用設計のレンズの組み合わせで、ひたすら高精細の画像を求める思想のもとに設計されている。こんな変なカメラを作るのはSIGMAだけだろう。なかでも私が今回借り受けたのは35mmカメラ換算で焦点距離21mm相当の超広角、ウルトラワイドのレンズを持つdp0 Quattroだ。風景を撮るための道具と言い切っていいと思う。

いわゆる超広角レンズというものは、周辺が歪んで映る。小さい画像で申し訳ないが、これは他社のレンズの参考画像で、焦点距離21mmで撮ったものだ。

広い範囲の街並みが写っているが、左右両脇のビルは斜めに曲がっている。ピサの斜塔レベルだ。

対して、こちらはdp0 Quattroで撮ったものだ。同じくらい範囲の街が写り込んでいるが、左右のビルはまっすぐに立っている。

SIGMA dp0 Quattro f13 1/250秒 JPG

私は、このカメラを起動して、最初に液晶画面をみたとき「ほんとうに21mmなのか?」と訝しんだ。我々が超広角レンズを使うときは、無意識に「周囲の歪みがあってこそウルトラワイドだ」と考えてしまっていたことに気がついた。

では、この究極の風景撮影マシンを持ってどこへ行こうかと考えたとき、友人からある提案があった。

「3月11日に向けて、車に乗って福島を経て宮城を巡ろう」…発言の主は、『ほぼ日刊イトイ新聞』の永田泰大さん。彼はライターの古賀史健さん、作家の浅生鴨さん、といった友人同士で連れ立って旅に出ようと誘ってくれたのだった。最終的には気仙沼市で糸井重里さんと合流する計画だ。

旅の模様はこちらに詳しいのでぜひ読んでいただきたいと願う。

書くことの尽きない仲間たち 車で気仙沼まで行く。 東京~福島~宮城 2018

個人的な旅の誘いであり記録であるので、政治的な議論も社会への批判も抜きだ。ただ、7年目の被災地の今を、2018年を見に行こう。そして東北のおいしいものを食べ、綺麗な景色を見て、そこで出会った人の話に耳を傾けよう。

私はその主旨に賛同すると同時に、このdp0 Quattroの初仕事にふさわしいと思った。そして前回借り受けたレンズ、SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Artも持参して、旅先で出会った方々の肖像を撮らせていただこうと考えた。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f7.1 1/200秒 JPG

私たちは、津波から7年を経て、すべてが更地になってしまった港を走り、復興に賭ける街に立ち、人がいなくなった村に勇気を持って戻った人々の話を、帰らぬ肉親の命日を迎える人たちの話を、この耳で聴き、レンズで記憶しようとした。そして東北の美しい風景の光を捕まえようとした。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/60秒 JPG

相馬市のお鮨屋さん『江戸一』のご主人は、震災当日、漁師であり消防団員だった甥御さんが、多くの人を懸命に救助したが自身は津波に飲まれ還らぬ人となったこと、そしてその息子たちが父親の後を継いで漁師になったことを教えてくださった。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/40秒 JPG

お話を伺う私たちは涙を禁じ得なかったが、ご主人は笑顔で亡き人の行動を讃え、未来への希望を語ってくれた。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f8 1/250秒 JPG

避難指示が昨年解除されたが、いまだ1割しか住民が戻らない飯舘村で、ふたたびゼロから農業を始める、その決意で村に戻ったご夫妻は、採れたニンジンを愛おしそうに見せてくださった。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/50秒 JPG

春を待つ福島の木々が天に伸ばそうとする枝々を、dp0 Quattroは余すところなく捉えてくれた。

SIGMA dp0 Quattro f8 1/100秒 SIGMA PhotoPro6でX3Fから現像 JPG
ダウンロード

大きなデータだが、できれば拡大して見てほしい。今回、私ははじめて、X3Fというdp0 Quattroが記録するRAWデータから写真を現像し、まさにその場で見たままの、心に迫ったままの生命の力強さが、そのまま写し撮られていることに驚愕した。

SIGMA dp0 Quattro f13 1/250秒 SIGMA PhotoPro6でX3Fから現像 JPG
ダウンロード

やがて我々は気仙沼に至り、そこで黙祷をささげた。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f4.5 1/160秒 JPG

私たちはただ、旅をしていただけの訪問者だったが、そこで出会った人たちのそばで祈る、それは許されると感じたのだった。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f9 1/320秒 JPG

海は静かだった。

SIGMA dp0 Quattro f11 1/200秒 SIGMA PhotoPro6でX3Fから現像 JPG
ダウンロード

私たちは東北の自然のなかで、何度も車を停めてシャッターを切った。このdp0 Quattroがとらえた写真も、可能であれば細部を見て欲しい。美しさの中に、被災地の今が、いまの真実が写り込んでいる。

 

写真者は、相変わらず初心者だ。しかし、ひたすら走り、聴き、見て、カメラを構える。東北の旅で、ほんのすこしだけ写真という言葉に近づけた気がした。

KG+ 特別写真展 SIGMA Satellite Gallery in Kyoto|オープニング記念イベント
SEIN Online特別企画 ―「フォトヒロノブ」スペシャルトーク

トーク:田中泰延
4/14(土)14:00-16:00
会場|SferaExhibition
〒605-0086 京都市東山区縄手通り新橋上ル西側弁財天町17スフェラ・ビル 2F
入場・観覧料|無料

SIGMAのWEBマガジン・SEIN Onlineに「フォトヒロノブ」を連載中の田中泰延氏。
写真や人生への情熱と圧倒的な博覧強記。写真との独特の距離感から自身を「写真者しゃしんしゃ」と呼びつつ、温かくも鋭い視点で軽妙な文章に綴る新コラムは圧倒的な人気を誇っている。今回はオープニング記念としてスペシャルトークを開催。

詳細情報はこちら
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2018 サテライト イベント「KG+2018」に協賛・出展します

田中 泰延

1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライターとして24年間勤務ののち、2016年に退職。「青年失業家」「写真者」を名乗り活動を始める。2019年、初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。Twitter:@hironobutnk

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