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第三話|28mmについて語る 〜前編・マニュアルフォーカスの時代〜

皆様、こんにちは。SIGMA大曽根です。30年以上にわたってSIGMAの製品開発に関わってきた立場から、製品開発の歴史やその魅力、時代や市場の背景、今だから言える失敗談(笑)などをお伝えする連載企画「大曽根、語る。」。第三話は、1月にSIGMA 28mm F1.4 DG HSM | Artが発売となったことを踏まえて、「28mm単焦点レンズ」についてお話をしたいと思います。前後編の二部構成でお楽しみください。

SIGMAの「28mm単焦点レンズ」の歴史

2019年1月25日にSIGMA 28mm F1.4 DG HSM | Artを発売した。28mmという焦点距離は、フィルム時代から広角レンズを代表するレンズであり、現在でも愛好家の多い画角だ。このクラシックな画角を持つレンズの発売にあわせて、SIGMAの「28mm単焦点レンズ」について振り返ってみたい。

SIGMAが初めて世に出した28mmは、SIGMA 28mm F2.8 WIDEMAXである。正確な資料がないので確証はないが、おそらく1970年前後に発売されたものと思われる。「28mm F2.8」といえば今となっては凡庸に見えるスペックだが、当時「F2.8」はなかなかの大口径であった。

SIGMA 28mm F2.8 WIDEMAX

この28mm F2.8 WIDEMAXは、典型的なレトロフォーカス型のレンズ構成である。当時、レトロフォーカスの28mmは、前玉に大きな凸レンズ、2枚目にパワーの強い凹レンズという2枚で構成されたワイドコンバーター部と、凸凹凸凸の単玉で構成された主レンズ部によって構成されたものが主流であった。図1のとおりSIGMAの28mm F2.8 WIDEMAXもこの流れを汲むものである。Auto Nikkorの28mm F3.5やSuper Takumarの28mm F3.5のように「前玉がやたらと大きいレンズ」と言える。しかし、この構成では光学性能を維持しながら明るくすることが難しく、多くの28mmの開放F値がF3.5であった。

図1、SIGMA 28mm F2.8 WIDEMAXレンズ構成図

差別化に成功したF2.8の明るさ

レンズメーカーとして後発のSIGMAとしては、他社との差別化のためにも、商品の魅力アップのためにもF2.8が必要であった。一眼レフカメラはF値の明るさがファインダーの明るさに直結していたので、F2.8という明るさは大きな魅力だったのである。SIGMAは「最終レンズを1枚から2枚貼り合わせにする」という方法で、F2.8の明るさを確保しつつF3.5と大差ないサイズに収めることに成功した。

F2.8の明るさを得たSIGMA 28mm F2.8 WIDEMAXは市場での評判も上々であった。そこで、当時の山木道広社長は「F2.8は売れる」と判断。その後、24mm、35mm、135mm、最後には200mmまでF2.8を採用して個性と使いやすさをアピールしていった。

さらに1973年からはマルチコート化され、その後の1974年のSIGMA 28mm F2.8 WIDEや1975年のSIGMA Z 28mm F2.8、1976年のSIGMA XQ 28mm F2.8まで、このレンズ構成が採用された。

ユニークな28mm広角レンズ

その後、レトロフォーカスレンズの設計技術が進化してきたこともあり、1978年のほぼ同時期に2種類のユニークな28mm広角レンズを発売した。1つは最新のレトロフォーカス型の設計技術を駆使してレンズ全体をよりコンパクトにまとめ、しかも最短撮影距離を0.22mまで短くしたSIGMA MINIWIDE 28mm F2.8。もう1つはレンズ全体を若干長くし、レンズの中間に切替可能なカラーフィルターを4枚内蔵したSIGMA FILTERMATIC 28mm F2.8である。

SIGMA MINIWIDE 28mm F2.8
SIGMA FILTERMATIC 28mm F2.8

MINIWIDEは広角であるにもかかわらずマクロが撮れること、また安価であったことが好評で、その後8年にわたってSIGMAの人気商品となる。そして1985年にレンズ枚数が1枚少ないⅡ型にバトンタッチして1995年まで生きながらえることとなる。

FILTERMATICもカラーフィルターが内蔵されていることからその利便性が話題となったが、話題ほどには販売数が伸びなかったこともあり、残念ながら約2年で姿を消してしまった。私も個人でSIGMA FILTERMATIC 28mm F2.8を所有しているが、パタパタと団扇のようなフィルターが出たり入ったりする様は見ていて面白い。しかし、内蔵されているフィルターはイエロー、オレンジ、シアン(ブルー)、スカイライト(ほぼ透明)の4色で、白黒時代はともかくカラーフィルムでの撮影にはマッチしていなかったものと推測する(イエローやオレンジは白黒フィルムのコントラストを高くするのに使われていたものだ)。

28mmの全盛期終了、そしてその中で生まれたSIGMA 28mm F2.8の集大成

しかし、1980年以降「28mm F2.8」というスペックのレンズは徐々に人気を失っていく。理由はズームレンズの進化である。1980年代から各社から28mm始まりの標準ズームが多数発売されるようになり、それに押される形で販売が伸び悩んでいった。

そんな中、SIGMAは1985年にとてもユニークなコンセプトの製品を発売した。それが「口径食ゼロ」のSIGMA NON VIGNETTING 28mm F2.8である。当時は口径食を意味する「VIGNETTING」という用語が一般的でなかったことから、後にSIGMA H.L.(ハイライト) WIDE 28mm F2.8という名称に変更された。

28mmなど広角系のレンズは「コサイン四乗則」という画角由来の周辺光量低下が避けられない。それに口径食による光量低下が加わると周辺は更に暗くなってしまう。そこでSIGMAは(コサイン四乗則からは逃れられないが)レトロフォーカス型の配置を保持したまま各群のパワーを最適化することで、口径食を無くし、しかも光量が増えたときに生じやすいコマフレアの増大を防ぐことに成功した。これによって周辺光量低下の少ない、しかも周辺のボケが口径食で変形してグルグルボケにならない広角レンズが完成したのだ。

ある意味SIGMAの28mm F2.8の集大成と言っても良いかもしれない。やや高価であったがレンズマニアや写真愛好家からは非常に評判が良いレンズであった。しかし、それでもズームレンズの破竹の勢いには勝てず、数年で生産を終えることとなる。

SIGMA NON VIGNETTING 28mm F2.8 / SIGMA H.L. WIDE 28mm F2.8

そして1985年、MINOLTA α7000の登場でAF一眼レフの時代が始まった。AF化によって一気に活気づいた一眼レフ市場に、さらに非球面レンズや特殊低分散ガラスなどによってより性能が向上したズームレンズが多数出現する。28mmという単焦点レンズは35mmや100mm、135mm、200mmとともに忘れられた存在となっていった。まさに単焦点暗黒時代の到来である。

この単焦点暗黒時代から、いかにして28mmが自らの立ち位置を得ていったかについては、次回に詳しく語ろうと思う。

Yasuhiro Ohsone

株式会社シグマ 商品企画部長

1987年入社。光学、メカともに開発の現場を歴任し、他社との協業も数多く担当。2013年より現職。

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