2018.08.08

KG+2018 × SIGMA REPORT

セミナー&トークイベント Foveon Special Talk
「写真家にとっての写真集と撮影技術」

第1部
「もうひとつの撮影技術“製版”とFoveonセンサー」
作品集制作をめざすすべての写真家とクリエイターのためのセミナー(前編)

講師:鈴木一誌(ブックデザイナー)

SIGMAは「KYOTOGRAPHIE2018 京都国際写真祭」において、昨年の写真集ライブラリによる出展から一歩踏み込み、「KG+2018」の協賛出展者として、SIGMAの製品と撮影・表現との関わりについてより具体的な議論ができることをめざしました。そこで、「KG+2018」出展プログラムのハイライトとして、「写真家にとっての写真集と撮影技術」をテーマとする3部構成のリレートークを、「SferaExhibition」に開設した「SIGMA Satellite Gallery in Kyoto」において2日間にわたり展開しました。

第1部は鈴木一誌さんによる「写真家のためのセミナー(知識編)」。

続く第2部は、ほぼ全作品をSIGMA製カメラで撮影している写真家・伊丹豪さんと鈴木さんが、「撮影と表現をめぐる対談(実践編)」を行うプログラム。鈴木さんとのつながりをとおしてSIGMAの存在を知り、今では、 sd QuattroHを自身の創作活動に欠かせない機材として愛用いただいている伊丹さんとの対談を通して、写真家にとっての撮影技術や表現活動のエッセンスとは何かを読み解いていただきました。

翌日の第3部では趣向を変え、伊丹豪さんと親交があり、SIGMAと伊丹さんをつないでくれた写真研究者・小林美香さんと伊丹さんのお二人による「写真を撮ることと視ることをめぐる対談」。写真表現を主題とし、SIGMAやカメラのファン以外の方にも楽しんでいただけるよう、「KYOTOGRAPHIE2018 京都国際写真祭」のパブリックプログラムとして開催しました。

まずはその中から鈴木一誌さんによる第1部「写真家のためのセミナー(知識編)」を掲載いたします。

第1部 「もうひとつの撮影技術“製版”とFoveonセンサー」(講師:鈴木一誌さん)
第2部 「写真を語る。カメラを語る。」(対談:鈴木一誌さん×伊丹豪さん)
第3部 「Ways of Seeing ~視ること・撮ること~」(対談:伊丹豪さん× 小林美香さん)

鈴木一誌さんの著作も会場で販売。興味深そうに手に取る来場者の姿が見受けられました。

■第1部:知識編■
4月21日(土)14:00-15:00
「もうひとつの撮影技術“製版”とFoveonセンサー」
作品集制作をめざすすべての写真家とクリエイターのためのセミナー
講師:鈴木一誌(ブックデザイナー)

ブックデザイナーとして数々の写真集を手がけ、「写真家にとって写真集はひとつの到達点」であり、「製版や印刷(画像特性やプロセッシング)への理解は撮影者に必須のスキル」を持論とする鈴木一誌による「作品集制作をめざすすべての写真家とクリエイター」のためのセミナー。
 「印刷・製版において最良の結果を出せるのはFoveonセンサーしかない」との確信にもとづき、「色感・質感の再現力をもつ画像を見抜く眼」を伝授し、写真作品の最終アウトプット(写真集)に耐えうる画質を実現させる撮影機材・現像技法を「もうひとつの撮影技術」として公開しました。

1 イメージセンサーにおける二方式

この第1部は、写真集をつくるための基礎知識を押さえつつ、2018年現在、写真集をつくるうえでSIGMAのセンサー技術のもつ意味を語ります。こう言うと、わたしはSIGMAの営業をしているみたいに聞こえるかもしれませんが、決してSIGMAに雇われているわけではない……(笑)、まぁ自主的な伝道者ではあるかもしれませんが。これまでも、技術的には優れていたにもかかわらず、市場から淘汰されてしまった製品の例がありました。SIGMAのセンサー技術がまっとうな評価を得て、ユーザーと幸福な出会いをしてほしいと考えています。

SIGMAのカメラに使われているFoveon方式のイメージセンサーは、世界中でSIGMAしかつくっていません。その特徴をひとことで言えば、RGB各色を3層で受けとる仕組みです。それ以外のカメラにはすべて、同じ方式のイメージセンサーが使われています。ベイヤー配列と言われる方式でして、RGBを単層で受けとっています。なぜ、単層からRGBデータを生成できるのか。RGB各色のフィルターを格子状に並べて光を受けとり、RGBの3層に分離させている。Rの立場からすれば、GとBのフィルター部は空白になっている。GやBの立場それぞれからも、同じような空白があり、その空白を情報処理で補完している。いわばモノクロームの濃淡情報から計算と組み合わせで色彩を割り出しています。フィルターのせいでモアレ現象と言われるノイズも発生します。

SIGMA以外のイメージセンサーは水平分離方式であるのに対して、SIGMAのイメージセンサーは世界で唯一の垂直分離方式です。大手メーカーが揃って共通規格を採用する世界のカメラ市場を相手に、独自のセンサー技術で孤軍奮闘しているのがSIGMAです。その技術がどれほどユニークで、かつ写真製版の世界から見ていかに重要なのかをお話ししつつ、写真集づくりのノウハウをお伝えしたいと思います。

2 写真集は写真表現にかたちを与える

写真と関西というと、浪華写真倶楽部とか安井仲治などの名が思い浮かびます。日本で最初に写真文化が根づいたのは関西地方で、写真に対する思いの熱い地域です。以来、質の高い写真が膨大に蓄積されているはずです。撮られた写真をどうするのか。コンテストへの応募という手がありますが、ほとんどが1枚写真が対象で、せいぜいが数枚の組写真でしょう。メッセージや自身の世界観を広く伝えようとするなら、撮りっぱなしにせず、個展を催すか、写真集をつくるか、となります。

個展は、会場を1週間借りるだけでかなりの費用がかかりますし、フレーム代、DMの葉書を印刷して郵送するコスト、オープニングのパーティなど、それなりの出費となります。期間が終われば、記録に残したとしても、展示そのものは消え去ってしまいます。

対して写真集は、火事や水害に遭わないかぎりは物体として残ります。紙に印刷という組み合わせはかなりの耐久性があり、アポロ宇宙船やジェット旅客機などのマニュアルは、紙への印刷が義務づけられていると聞いたことがあります。ISBNコードを取得して刊行された本は国会図書館に収蔵されますから、地球が滅びないかぎりは半永久的に残ります。発行部数にもよりますが、800部とか1000部ほどがいろいろな機関や組織、人々に届くわけで、それらがすべて消滅するとは考えられません。写真集は、写真を公開し残すには、有効なメディアです。一方、写真の束がそのまま写真集になるのではありません。選び、並べ、レイアウトして、写真集になっていく。写真が、新たな表現へとジャンプするのです。

森山大道さん、高梨豊さん、荒木経惟さん、鬼海弘雄さん、亡くなられた鈴木清さん……、こうした方たちは「撮影の最終到達点は写真集だ」と言います。わたしも荒木さんの写真集を何冊もつくりましたが、荒木さんは「撮影順に並べてくれれば、あとは任せるよ」とおっしゃるんですが、あらかじめ現場で写真集を想定して順番に撮っている。地面の写真が続くと「この辺で空を入れるか」なんて、撮影時点から写真集を念頭に置いて撮っているところがある。

さらに写真集というのは、その国のその時代の技術をダイレクトに物語ります。写真分解、製版、印刷、紙、インキ、さらには文字組版、デザインなどの総合力が試される。写真集は、技術と知力の切実なドキュメンタリーとして残ってしまう。写真集を出す行為は、その仲間入りをすることにほかなりません。

では、写真集はいくらでできるのか。だいたい8ページを1単位にして本全体を組み立てます。A4判で80ページの写真集をモノクロで800部つくるとしたら、どうでしょう。ネットで注文する冊子印刷で調べてみますと、簡単な表紙が付いて、およそ14万円という数字が出てきます。カラーにしても17万円くらいです。デザイナーや編集者を入れたり、造本に凝ったりすると、コストが上がっていきますが、写真集づくりが意外と身近な話であるということがおわかりいただけると思います。品質の高い写真が蓄積されている関西には、潜在的に写真集への大きな可能性があります。

3 アミ点の濃度と線数

写真のような、階調のある絵柄を印刷するには、明るい調子から暗い調子までのトーンをアミ点に置き換える必要があります。アミ点の大きさや密度によって明暗を表現するのです。明暗は、パーセントで表示します。「ゼロ」が真っ白、「100%」が真っ黒です。

もうひとつ大事な指標があります。アミ点の細かさを表す「線数」です。線数は、1インチ(約25.4mm)四方にいくつのピッチで階調を分解しているかを示します。数字が大きいほど、アミ点が細かい。線数によって印刷のきめ細かさ、階調の滑らかさが変わります。高級な印刷では、アミ点は細かくします。時代とともにアミ点は細かくなる傾向があります。読者やユーザーが精度を求めるからでしょうね。以前は、新聞の製版は60線くらいでしたが、いまは133線が当たり前になっています。倍以上の細かさです。印刷の精度が高くないと広告が入ってこないからです。

出典:『グラフィック・マテリアル1 製版・印刷・インキ編』(大日本印刷、1971年)

写真集でも、かつては175線が常識でしたが、いまは230線程度のいわゆる準高細線が基準です。すごい高細線では700線というのがあります。また、どんな紙に刷るかということも、品質に大きく影響してきます。

“Handbuch der Printmedien” Springer, 2000

線数と濃度が組み合わされて、アミ点の大きさと形状が割り出されます。そのアミ点も、さらに細かいレーザーで刻印されるドットから形成されています。なにが言いたいかというと、アミ点を印刷する工程の全体がデジタル技術であるということです。連続階調をアミ点に変えて印刷可能なデータを作成する、これを「デジタイズ」と呼びます。

4 写真集をデジタイズする

さて、写真集をつくろうとする場合、もとになる写真にはどのような種類があるでしょうか。まずは、①カラーのリバーサルフィルム、いわゆるカラーポジですね。つぎに、②紙焼きされたプリント、これにはモノクロとカラーがあります。そして、③デジタルカメラで撮られた写真です。

ここから話がSIGMAに戻ります。従来は、ドラムスキャナーという巨大なスキャナーでリバーサルフィルムをRGBに分解して印刷データにしていました。ドラムスキャナーは、アクリルの透明な円筒にフィルムを巻いて回転させながらセンサーで階調を読みとっていくものです。このドラムスキャナーが、すでに20年近く前に生産中止になっています。ドラムスキャナーがなくなっても、フラットベッドスキャナーで用が足りるじゃないか、と思うかもしれませんが、フラットベッドの解像度は、ドラムスキャナーに遠く及びません。

いちばん困るのは、撮影者の手もとで膨大に蓄積されているはずの35mmのカラーポジです。6×7や8×10などの大きいサイズのフィルムですと、拡大率の点からフラットベッドでも対応可な場合もありますが、小さな35mmフィルムを写真集やポスターに拡大するにはドラム式が不可欠でした。

絶滅寸前のドラムスキャナーに変わるデジタイズのシステムはないか。ここでSIGMAのFoveonセンサーが登場します。あとでまとめて述べますが、すばらしい撮影品質をもたらすSIGMAでならドラムスキャナーの代替がつとまるのではないか。これに気づいたのは、わたしの友人の写真家で、写真製版技術者でもある西川茂さんです。デジタイズを、スキャンするのではなく撮影してしまおうという発想の転換ですね。スキャンにくらべて撮影は、シャッターを押せばよいのですから、能率が劇的に上がります。結果は、今日はその成果である写真集を持ってきていますので、ご覧になっていただけますが、大成功でした。

5 SIGMAはデジタイズをカバーする

整理しましょう。①のカラーポジと②の紙焼きされたプリント(モノクロとカラー)は、SIGMAのFoveonセンサーでデジタイズできます。おどろくことに、ドラムスキャナーをはるかに上回る解像をします。②の紙焼きのケースを見てみましょう。プリントされたということは、ネガがあるわけですね。紙焼きを介在させずに、モノクロのネガから直接、SIGMAのFoveonセンサーでデジタイズすることもできます。

問題はカラーネガで、技術的には可能ですが、オレンジマスクを除去するのに手間がかかる。オレンジマスクは、フィルムメーカーや時代によって色味が微妙にちがい、オレンジ色を除去する効率的なプロセスが確立されていません。カラーネガからの直接デジタイズは、まだ研究途上にあるというのが現状です。これも、需要が増えれば解決していくことだと思います。

③のデジタルカメラで撮る、に関しては、第2部の伊丹豪さんの撮影実戦編で、SIGMAのFoveonセンサーがすばらしい性能を発揮することが語られます。つまり、写真集をつくるにはデジタイズ作業が必要で、そのデジタイズに、SIGMAのFoveonセンサーが必須という時代がきています。

ドラムスキャナーは、1台3000万円以上の価格でした。SIGMAのFoveonセンサーならば、カメラとマクロレンズを揃えても数十万円の投資ですみます。じっさい、デジタイズにSIGMAを使う印刷会社が出てきています。「どんなものからでもSIGMAのカメラがあればすぐに写真集がつくれる」のですが、それは一方向ではなく同時に、写真集づくりというシビアな視点から、あらためてSIGMAの真価を見る試みでもあります。

6 デジタイズの重要さ

SIGMAにしてもほかのメーカーにしても、デジタルカメラで撮影している写真は、色情報をRGBのデータとして取りこんでいます。そのデータを印刷物にするには、RGBからCMYKへと、混色の方式を変えなければいけません。CMYK方式は、色を混ぜるほど色が濁り暗くなっていく減色混合です。対してRGBは、色を重ねれば重ねるほど白色に近づいていく加色混合なので、RGBからCMYKへの変換は大転換です。

写真データをモニターで見ている時、RGBの加色混合で見ているわけで、「デジタイズ前のデータ」です。そのモニターで見ている画を、違和感なく印刷物として表現するのは大変な行為です。RGBからCMYKへの変換に、印刷会社や製版技術者のノウハウが存在していると言ってもよいでしょう。SIGMAによるデジタイズは、カメラで複写という作業を介在させますが、その複写は単なる複写ではありません。アミ点化し、かつRGBからCMYKへの変換もする繊細な作業です。それが「デジタイズ」とあえて呼ぶゆえんです。

人間の目に見える可視光線の幅は限られています。それでも人間の視覚はかなりの量の色情報を見ていますが、媒体を通せば通すほど、その情報の幅は収縮していきます。カラーフィルムで縮み、モニターで縮み、印刷にするとさらに縮みます。

出典:『グラフィック・マテリアル1 製版・印刷・インキ編』(大日本印刷、1971年)

印刷技術とは、加色混合から減色混合へと変換しても、色彩の不自然さを感じさせず、逆に豊かさを伝える技術のことです。製版は、PhotoShopの自動処理のように誰がやっても同じと思いがちですが、印刷結果は製版者の解釈と技術次第で劇的に変わります。

カラー印刷は、C(シアン=藍)M(マゼンダ=紅)Y(イエロー=黄)K(ブラック=墨)の4色刷りが基本です。なぜ墨版が必要なのか、理論上はCMYを重ねると最後は黒になるはずなのに現状では濁った茶にしかならない。そのために墨版を加えて色味をおさえているのです。インキメーカーがどんなに頑張っても、純粋なイエロー、シアン、マゼンタというインキはいまだ実現できてない。墨版は、黒色を確保するために必要なのと、インキ使用量の節約という目的もあります。CMYを重ねて無理して黒を表現しようとするのではなく、「黒い部分」をはじめから墨版で置き換えてしまおうというのです。このほうが印刷のトラブルも減ります。

連続階調をアミ点というデジタルな存在へ、さらにRGBからCMYKへの変換へ。いまや、このデジタイズというプロセスの鍵を握っているのが、SIGMAのFoveon方式のイメージセンサーです。実際にSIGMAでデジタイズしてつくられた写真集を見ながら、Foveonセンサーの特徴を整理していきましょう。

鈴木 一誌

ブックデザイナー

1950年東京都生まれ。デザイン批評誌『d/SIGN』を戸田ツトムとともに責任編集(2001~2011年)。神戸芸術工科大学客員教授。著書に『画面の誕生』(2002年)『ページと力』(2002年)『重力のデザイン』(2007年)『デザインの種』(戸田ツトムと共著、2015年)『絶対平面都市』(森山大道と共著、2016年)『ブックデザイナー鈴木一誌の生活と意見』(2017)など。

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