Winter/2015

SIGMA、レンズ開発のDNA

The core technology of SIGMA

「写真はレンズで決まる」という哲学のもと、多様な交換レンズを手がけてきたSIGMAにとってレンズは自社製品のキーデバイスであり、コアテクノロジーです。本業中の本業ともいうべきレンズ開発の最前線にいる技術者に「SIGMAのレンズ開発」について話を聞きました。

text:SEIN編集部 photo:Yusuke Nishibe

レンズ開発の3要素、「設計・製造・評価」

デジタルカメラの高画素化とともに、レンズにも従来とは比べものにならないほど高い描写性能が要求されるようになってきています。新しい素材や技術の開発によって、より高性能な製品づくりが可能になる一方で、製造のプロセスはより複雑に、かつ高度になっており、「超高画素化時代にふさわしい高性能レンズの開発」の重要性が増しています。

優れたレンズづくりには、設計、製造、評価のすべてを最高水準で実現させることが条件といわれます。今回は、独自の生産体制をもつSIGMAのレンズ開発について、さまざまな現場経験を持つ3名の技術者に、それぞれの視点で話を聞きました。

まずは開発の上流、光学設計について。多くの製品を手がけてきた幸野朋来が、SIGMAのレンズ設計の特長を語りました。

商品企画を担うSIGMAの「光学設計」

「光学レンズというのは、どのメーカーでも同じ指標を用いて開発されるんですね。それらの指標をどこまで高め、どれに重きを置き、どの程度バランスをとるかによって、レンズの特長や方向性が決まります。そのさじ加減は、光学設計者の好みや要望で決まるところがあるんです」

「一般的なレンズ開発だと、その塩梅の余地は少ないかもしれない。さまざまな物理的制約の中で商品が企画され、全体的にバランスのとれた平均値の高いレンズを目指す傾向にあるのではないでしょうか。しかしSIGMAの場合、初期検討の段階で光学設計者が関与する度合いがかなり大きいので、商品企画部門から示されるのは開発コンセプトと、ごく基本的なスペックのみということが多い。そこが他のメーカーとは一番違うところかもしれないですね。設計者が要素の取捨選択、優先順位づけをするうえでは、『とにかく性能最優先』とか『常用の1本』とか、指針が明快であるほど仕事もしやすいですから」(幸野)

使い手としての要求と、作り手としての喜びが合致する「幸福な光学設計」を。1本の線に、その思いを込める。

「実現したら面白い」が創造性の源

カメラやレンズなどの写真機材だけを手がけているSIGMAには、自身も写真や機材の熱心なファンであり、それゆえに実際のレンズの設計やカメラの開発に従事したいと考えている若い技術者が多くいます。作り手自身が使い手として製品開発に臨んでいることが、設計のアドバンテージになっているともいえそうです。

「技術者自身が、ユーザーとして本当に欲しいレンズを企画している場合が多いので、自然に思い入れも強くなりますよね。意思決定をする側も『難しいけれど、実現したら面白いんじゃないか』『売れるかどうかは別として、まずはやってみたら』とゆるく判断することが多い。そのぶん開発段階で思いがけない成果が出ることもあれば、頓挫することもある。商品化されて予想以上に売れる場合もあるし、その逆もあります(笑)。でも、もし仮に売れなかったとしても、それで企画者が咎められることはないんですよ、SIGMAでは。いかに良いアイディアでも、『結果(利益)に責任を持て』と言われたら、誰でも勢いがそがれてしまうでしょう? 実はこういう風土が、設計の質にとっては大事なんじゃないかと思っています。レンズ開発の最上流に、技術者が本当に良いと思うものを追求できる創造の場というか、闊達な環境が確保されていることは、自由に発想したり、可能性を探るうえで重要だと思うんです」(幸野)

どんな設計にも応えうる高度な「製造技術」

一方、他社との共同プロジェクトへの参画経験が豊富なメカ設計の関博之は、設計から製造への工程間のやりとりや、お取引先とSIGMAとの連携など、さまざまな現場への関与が多いこともSIGMAの開発の特長だと言います。

「会津工場での自社一貫生産体制というのは、もはやSIGMAのアイデンティティになっているわけですが、私たち設計者も開発の上流にいるだけではなく、素材の開発や部品の加工、量産立ち上げ、性能評価までコミットしています。社内外の現場も含め、がっちりスクラムを組んで、という感じでしょうか」

「レンズの高性能化が著しい現在、レンズ製造は昔より格段に複雑になっていると思いますし、加えてSIGMAは新しいレンズラインへの刷新を進めていますので、品質、性能、品位、どれをとっても基準値が上がっているんですね。『すごく面白い仕様の、でも最高に難しい設計』というレンズが増えているのは事実です。しかし、どんなに優れた設計も、それを確実に形にできる製造技術がなければ絵に描いた餅になってしまうので、自前で高度な一貫製造ラインを持っていることは、メーカーとしては最大の武器だと思っています」(関)

ミクロンオーダーで部品の精度を上げてきた努力の集積が、高い加工技術の礎に。

製造力は絶えず鍛錬し、積み重ねてこそ

社長の山木和人も、メーカーにとっての工場を、常に鍛錬し、高め続けなければいけない「アスリートの筋肉」に喩えています。会津工場における高精度の製造技術もまた、長い時間をかけて培われてきたものですが、その基本思想は、レンズ部品の光軸を揃える「調芯」に対する考え方にも見ることができます。SIGMAでは伝統的に、調芯ではなく部品精度を追い込んで性能を上げてきました。

「SIGMAは昔から一貫して、『一つひとつのレンズ部品の精度を高めろ』という方針で来ました。それによって製品全体の最終的なクオリティを高めろ、ということですね。最近でこそデジタル化で性能基準をより厳しくしていますし、非球面レンズや、特殊な硝材が増えてきたこともあって後段での調芯が必要になってはいるものの、それでもまだ最終調整レベルです。そこまでしなくても、というくらい部品や加工の精度を追求するというのがDNAとなっている」

「でも、これから4K、8Kと超高画素画像・映像が主流になっていく中で、この、ほんのわずかな差が全体性能を決定づける要素になるんじゃないかと思うこともあります。これは一朝一夕に手に入れられるものではなくて、それこそ数十年にわたって、日々の現場のやりとりの中で、薄皮を一枚ずつ剥ぐような設計と製造のせめぎ合い(笑)を通して積み上げてきたもの。日々、向上を目指して踏ん張って、初めて一定水準を維持することができる世界だと思っています」(山木)

進化する「生産のエコシステム」

“量子的飛躍”がある一方でコモディティ化しやすいデジタル技術に比べ、レンズ生産は容易に再生産することができないアナログ技術そのものといわれます。唯一の生産拠点である会津工場を中心として、製造技術者と本社の開発エンジニア、そしてサプライヤー各社が有機的な「現場」を形成していることが、SIGMAの製造、生産体制の大きな特長になっています。光学設計、メカ設計の現場をよく知る吉野正毅は、社内外を含む生産体制にも特長を感じています。

「会津工場だけでなく、今SIGMAと一緒にものづくりをしているサプライヤーさんは、ほとんどが一緒に成長してきたところばかりです。こういう時代には珍しく、SIGMAは“超ローカル”な調達・生産体制をとっているので、サプライヤーさんとも長いお付き合いになります。そうすると、現場での連携を通じて、SIGMAの製造精度の水準といったものが自然と共有され、一緒にバージョンアップしていく感じになるんです」

「他社の技術の方にも『こんなに高度な設計でも対応できる現場があってうらやましい』と言っていただくことがありますが、もしもコストなどの理由だけでその連携を切ってしまったら、これまでの積み重ねを前提とした開発・製造の精度やスピードが落ちてしまいます。その損失ははかりしれない。そういう意味で、SIGMAの生産システムは、全体として進化していく『生態系』のような独特さがあると感じます」(吉野)

レンズは、容易に再生産できないぶん、製造そのものに付加価値のある非常に珍しい領域。

超高画素時代にふさわしい「性能測定」へ

SIGMAの新しいレンズ製品は、工場出荷前に独自のMTF検査器「A1(Aizu 1)」での全数検査を経て出荷されています。高性能の設計と、高精度の製造によって生産されたレンズの実力を、すべての製品が発揮できて初めて、その製品づくりに成功したといえると考えているからです。新たな性能評価測定器の開発と導入を指示した山木は、その意図を次のように語ります。

「それまでは一般的なセンサーを使ったMTF測定器を用いてレンズの性能を測定してきましたが、レンズ生産を刷新するにあたって、この検査器の精度がネックになりました。従来のものでは解像度が不十分で正確な測定ができなかったからです。さまざまに検討した結果、結局自社のFoveonダイレクトイメージセンサーを用いて開発するのが最善策となったんです」

「Foveonセンサーを測定器に使うのは初めてだったので、もちろん相応の苦労はありました。ただ、自社でデジタルカメラを手がけていましたし、Foveonセンサーの特性を技術者が熟知していたおかげで、最終的には満足のいくものになりました。それまで検出できなかった高周波成分の検査もできるようになり、新しいレンズラインの品質保証にも大きく貢献しています」

「これからますますカメラが超高画素化する中で、最高レベルの設計と製造を追求することはもちろんですが、最終チェックの精度と効率を高めることも重要になります。検査だけでなく、超高性能なレンズを質・量ともに供給できる生産体制を、さらに強化したいと思っているところです」

本社、工場、サプライヤーが一体となって高次元を目指すのが、SIGMAの変わることない「ものづくり」。

「本社の開発、工場の製造、そしてサプライヤーさんも含めた『現場』で培われているノウハウ。それらの相乗効果でさらなるイノベーションを生み、より高次元のものづくりを実現できる“ドリームチーム”として取り組んでいきたいと思っています」(山木)

山木 和人

代表取締役社長

1993年入社。機構設計など担当。カメラプロジェクトリーダーも経験。

吉野 正毅

開発部/メカ設計

1995年入社。光学・メカともに現場をよく知る。カメラ、レンズを数多く担当。

幸野 朋来

開発部/光学設計

1995年入社。手がけた主な製品はDP Merrill/dp Quattroシリーズなど。

関 博之

開発部/メカ設計

1994年入社。光学・メカともに現場をよく知る。他社との協業を数多く担当。

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