Autumn/2016

SIGMA CINE LENS

SIGMAがシネレンズを手がける理由。

「IBC 2016」で、新ライン「SIGMA CINE LENS」を発表したSIGMA。写真用交換レンズとデジタルカメラに加え、新たに映像用交換レンズの開発・製造に着手することになった経緯を代表取締役社長 山木和人にインタビューしました。米・映像制作専門ジャーナル編集長 Jon Fauer氏の談話とともにご紹介します。

text:SEIN編集部 photo:Hiroshi Iwasaki / Shunsuke Suzuki

「IBC 2016」でシネレンズを発表

2016年9月9日〜13日にオランダ・アムステルダムで開催された放送用機材の総合見本市「IBC(International Broadcasting Convention) 2016」の会期に合わせ、SIGMAはシネマ用レンズ「SIGMA CINE LENS」を発表しました。

写真用交換レンズ(以下スチルレンズ)をユーザー自らカスタマイズし、代替的に使用することが定着している映像制作の現場で、SIGMAのレンズを愛用している方が多いという話は以前から聞かれました。特に、超高解像化が著しい昨今のデジタル写真の世界でいちはやくレンズの性能向上に取り組み、画質基準の刷新に先鞭をつけてきたSIGMAのArtラインは、その圧倒的な光学性能によって、世界中のプロフェッショナル・ユーザーから「動画用レンズ」として高い評価を得てきました。

「18-35mm F1.8 DC HSM | Art というレンズを世界初のF1.8通しのズームレンズとして2013年に発表したのですが、これが米国だけで非常に高い売れ行きを示していたんです。調べると、動画系の人たちが“このレンズはすごい!”と言って愛用してくださっていた。我々としてはそもそも動画用を想定していたわけではなかったので、驚いたのを記憶しています」

シネレンズ開発の陣頭指揮をとったシグマ代表取締役社長・山木和人は、SIGMAと「シネマ」とのきっかけを振り返ります。

デジタル映像制作の転機

「ひと昔前は映像用撮影機材といえば、ハリウッドのように巨額の予算のもとで製作される、非常に特殊な世界のものでした。メーカーも品種も少ない上に、非常に高額。それが、YouTubeのような動画共有サービスが盛んになってきたこの10年ほどで、大きく状況が変わりました。音楽や映像によるウェブプロモーションやビデオクリップなどが標準的なコンテンツとなり、同時に、個人や小規模プロダクションなど、いわゆるインディペンデント系の作り手の活躍の場も増えてきた」

「こうした状況をリードした要因の一つが、一眼レフカメラの動画撮影機能の進化や、小型で高性能なデジタルシネマカメラの台頭でした。単価が高級輸入車並み、つまり一千万円を超えるのが常識だったシネマカメラの世界において、かなりドラスティックな価値転換を起こしたといえます」

技術革新による機会創出

圧倒的な高画質に加え、データの取り扱いやすさやコンパクトさを高い次元で両立させながら、桁違いにリーズナブルな価格で手に入る革新的なカメラの登場。映画製作の業界では、「機材の価格=性能」と評価されやすく、潤沢な予算がなければ、良質な機材も確保できないという課題があったのですが、こうした新しい価値を持ったデジタルシネマカメラが普及していくことで、「予算規模が小さくても、高性能な機材で質の高い映画製作ができる」という可能性が開かれたのです。

「シネマ用カメラはそんなふうにして技術革新がマーケットと映像表現の両方にポジティブな影響を与え、すごいスピードで進展している一方、レンズはカメラの進化に追いついていないと感じていました。ちょうど同じ頃、国内外の業界関係者の方々から『なぜSIGMAはシネマ用交換レンズ(以下シネレンズ)を作らないのか? ぜひ作るべきだ』という熱心な要望が増えてきたんです。1本数百万〜数千万円もするシネレンズの世界では、性能の高いものほど価格も高くなるため、都度必要なものをレンタルしたとしても費用は掛け算で嵩む。やっぱり映像制作における費用面の負荷については切実な課題意識を感じました」

「SIGMAこそ、シネレンズを」

ハリウッドに象徴される超ハイエンド・ユーザーに支えられたシネマ用機材業界で、カメラボディのような躍進が交換レンズに起きていなかった背景には、市場の専門性と規模、そしてレンズの開発と製造の難しさがあるといいます。

「市場規模が一番の理由だと思いますね。映像機材業界はほぼプロのみの世界です。ユーザーの絶対数が違いますし、製品のリニューアルの頻度も低いので、性能優先で価格に目をつむるか、価格優先で画質・機能に妥協するかに二極化してしまう。高性能かつコンパクトとか、品質とコストの最適化というのは、最新技術を活かした量産システムがないと不可能ですから。結果として、予算などの資源的制約が大きい現場では、乏しい選択肢の中で次善策としてさまざまな方法が採られてきた。そこに対する抜本的な解決策として、『シネレンズを作ってくれ』という、我々への切実なリクエストが生まれたんだろうと思います」

Artラインの性能をそのままシネマに

1フレームの画質に対する要求水準が非常に厳しいデジタル写真の世界で、Artラインのように数千万画素の高解像撮影に対応する高性能レンズをいちはやく世に送り出してきたことで、開発ノウハウも量産技術も確立していたSIGMAにとって、シネレンズ開発における技術的なハードルはありませんでした。

「もちろん、シネマ専用レンズの開発もできますが、市場規模が小さいため、ゼロからの開発では量産効果は出せません。でも、最も重要で難しく、コストインパクトの大きい光学系の開発において、既存の高性能レンズをそっくりそのまま活かし、メカ系だけシネマ仕様に最適化すれば、“必要最小限のコストでArt基準の最高画質とコンパクトネスを兼ね備えた画期的なレンズ”が作れる確信はありました」

“100% retain, 100% new.”

「光学系(鏡室と絞り機構)には手をつけず、メカ系をモディファイする点では、他社と同じく『リハウジング』の手法を採っているのは事実です。ただし我々の場合、メカ部分をすべてゼロから新規開発していますから、「改良」の次元がまったく違うんです。だから今回、Webなどでも“100% retain(光学系を丸ごと活かし), 100% new(メカ系はすべて新規開発).”と謳っているんです」

「ご存知のように、当社は会津工場でほぼ完全内製し、開発から量産まで一貫して行っています。長年、垂直統合型の製造ラインで少量多品種生産を続けていますので、細部の擦り合わせによる高い精度の追求と、効率的な量産を矛盾なく両立させられる。つまり、今の市場の価値基準を刷新する高性能でリーズナブルなモノづくりができるんです。“重く大きく、高性能なら高くても仕方ない”現状に対し、“軽量コンパクトで、性能の高さからは想像できない価格”という、まったく新しい価値、新しいカテゴリを創れるはずです」

映像制作の“パラダイムシフト”

映像制作業界において世界的な影響力を持つ米国の映像制作機材・技法の専門ジャーナル『FILM AND DIGITAL TIMES』の編集長 Jon Fauer(ジョン・ファウワー)氏は、SIGMAのシネレンズ事業参入に際し、以下のように評しました。「どこまでも自然でスムースなスキントーンと、美しいボケ、圧倒的な明るさで、素晴らしい描写性能を持ったレンズラインである。また、フルフレームレンズ6本(単焦点T1.5の5本とズームT2.2の1本)を立ち上げ時にラインナップしていること、光学的にもメカニカルにも圧倒的に高い性能を発揮している点にも本当に驚かされる。解像力、画の質、レンズ自体の品位や機能性、すべての要素が高度に調和したSIGMAの新レンズラインは、新しい価値基準となるはずだ」

“最高性能を、価値ある価格で”

そもそも高度に専用化したシネレンズをゼロから開発するのではなく、光学系をモディファイする道を選んだのには理由がありました。

「もちろん、専用開発のハイエンドレンズを開発することも難しくはありません。しかし、費用などの条件に制約を受けることなく、真剣に映像制作と向き合う方々の“現場の課題”に対するソリューションにするには、今回の開発コンセプトである“最高性能を、価値ある価格で”、が重要でした。圧倒的な光学性能とコンパクトネス。本格的な撮影に十分対応できるラインナップを一挙に揃えること。最小限の装備と投資で、映像制作の自由度と可能性を最大限に広げられること。それを全部併せ持った、革新的なレンズシステムを作ろうというのが我々の出発点ですから」

「まだないもの」の実現で課題解決を

独自の生産技術と量産体制があるとはいえ、新規事業のスタートには決断と覚悟が要るもの。まして市場規模の小さい映像分野へ敢えて参入することにした決め手は何だったのでしょうか。

「これはどんな製品でも同じですが、我々が新しい製品や活動に踏み出す時はいつでも、自分たちはお客様のどんな課題を解消できるのか、我々だからできることは何なのかが重要なんです。2012年にSIGMA GLOBAL VISIONを開始した時も、新製品を開発する時も、基本的には“望まれているにもかかわらず、実現されていないもの”“まだこの世の中にないもの”の実現を矩としてきました。それこそが我々の存在意義ですから。それは、スチルであろうとシネであろうと変わらないんです」

山木 和人

株式会社シグマ 代表取締役社長

1968年東京生まれ。上智大学大学院卒業後、1993年に株式会社シグマに入社。2000年に取締役・経営企画室長を経て2003年取締役副社長に。2005年、取締役社長に就任。2012年代表取締役社長に就任。

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