Summer/2016

For user’s liberties

誰のための「システム」か

SIGMA MOUNT CONVERTER MC-11

レンズはカメラに従属し、システム構築はマウントに依存する。
機材選びの「あたりまえ」を、メーカーとして問い直し、
ユーザーにとっての本質的な価値を追求して生まれたMC-11。
パラダイムを変える決意で開発した新デバイスの可能性を
商品企画部長の大曽根康裕に聞きました。

text:SEIN編集部 photo:Mizuho Tamaru / SIGMA

同一のレンズを、異なるシステムで使う

CP+2016での発表、そして同年4月の発売以降、日ごとに反響が増しているSIGMA MOUNT CONVERTER MC-11(以下、MC-11)。シンプルな筐体には新レンズラインのSIGMA SAマウント用交換レンズ、またはSIGMA製キヤノン用交換レンズの全データが実装されており、レンズに装着するだけで、「ソニーEマウントボディ専用レンズ」としてカメラ側が認識するようになるというものです。

MC-11を使うことで、ソニーEマウントカメラ用レンズが19種類まで一挙に増えることになります。また、既にSIGMAかキヤノンのカメラユーザーでSIGMA製レンズのシステムをお持ちの方なら、そのままソニーEマウントカメラ専用レンズシステムとして使えるように。「同一のレンズを、異なる2つのシステムカメラで同様に使える」ようにできるコンバーター、それがMC-11なのです。その機能と可能性は、じわじわと世界中の写真愛好家の間に広がり、新しい動きを生みつつあります。

ユーザーを見ていれば分かること

ところで、SIGMAはともかくとして、なぜ最初にキヤノンとソニーのシステム間のコンバートを選んだのでしょうか。SIGMAの商品企画部長であり、業界動向やユーザーマインドをよく知る大曽根康裕は、プロジェクトの発端を次のように顧みます。

「あくまでも肌感覚なのですが、我々の知る限り、いわゆる『ハイエンド・ユーザー』と呼ばれる方々は、デジタル一眼レフカメラ(DSLR)のハイエンド機種でキヤノン製を、ミラーレスカメラでソニー製をと、それぞれのカメラボディとそのシステムを状況によって使い分けていることが多いと感じていました。DSLRにもミラーレスにもそれぞれのメリット/デメリットがありますが、二者択一的なものではない。むしろ、今後どれだけ技術が進化し、それぞれの長短が解消されるとしても、一方が他方を完全に凌駕したり淘汰したりすることはないくらいに、大きな違いのあるシステムだと思います。ですので、それぞれのシステムを本当に使い倒そうとすると『併用』が基本になるし、今後もそれは変わらないのではないかと考えています」

合理的で正味のあるソリューションを

「さらに、併用を前提にした場合、ソニーにはソニーの、キヤノンにはキヤノンのシステムを構築するとなると、ユーザーの方々はそれぞれのレンズをダブルで揃えなければなりませんよね。一つのカメラシステムにつき10本くらいのレンズを揃えるとして、投資額は都合2倍。レンズメーカーとしてはもちろん、1本でも多くレンズを購入いただければハッピーです。が、はたして本当にそれだけで良いのだろうか、と考えてしまいました。単純な掛け算になれば、それはユーザーにとってあまりに負担が大きいのではないか。やはり、価格はある程度現実的でないと購売・維持は長続きしませんし、そのためにカメラやレンズの楽しみが遠のくのは本意ではない。まず、ユーザーの方々にとって合理的で、正味の価値があるソリューションが必要だと思いました」

「レンズの資産価値を最大化する」

そうした中、定例の社内開発会議において、社長の山木から次のような問題提起があったことが、マウントコンバーター開発の端緒となったと言います。

「縮小基調のカメラ市場で支持され続けるには、真に優れた製品やサービスの開発が第一義である。今日の優れた製品とは、本質的なユーザーメリットを追求し実現するものであるべき。そして我々の目指すそれは、ユーザーの貴重な資産であるレンズの価値を最大化し、さらに『そんな考え方もあったか』という驚きや発見があるものであってほしい。この観点で、当社なりの、現代に最適化したマウントコンバーターを再定義できないだろうか。それが山木社長の投げかけでした。『システム併用を前提としたソニーEマウントへのコンバート』というアイデアは、ここから生まれたものです」

本体内蔵LEDの色と発光パターンにより、装着したレンズの対応/非対応、レンズデータの更新※の要否が容易に判別できます。
※レンズデータの更新には、パソコンに最新のSIGMA Optimization Proがインストールされている必要があります。また、MC-11とレンズは共に最新のファームウェアにアップデートされている必要があります。(レンズのファームアップにはUSB DOCKが必要)

「Eマウント専用レンズ」の実現へ

アダプターを介して異なるシステムのカメラボディとレンズを対応させること自体は、昔からある手法です。メーカーによって異なるマウントをアジャストさせ、フランジバック(レンズのマウント部からセンサーまでの距離)の差分を埋める「コンバーター」も、現在でも市場に数多く存在しています。

「ですから、現在出回っているものと同等の製品を作るのに、技術的なハードルは何もありません。やろうと思えばすぐできる。しかし、2012年にスタートした包括的なキャンペーン“SIGMA GLOBAL VISION(SGV)”以降、常に『最高レベルの製品、サービス、体験』を目標に事業活動を進めてきたSIGMAにとって、性能と品質に一切妥協せず、信頼性を高める『マウントコンバーター』の開発は絶対条件です。カメラとレンズを物理的につなぐだけではない、Eマウント専用レンズとして使用できる精度を持った唯一無二のコンバーターを実現する。このコンセプトのもとで開発は始まりました」

「マウント」の制約から解放する

「Eマウントは基本仕様が開示されているため、最適化したレンズ開発の障壁が低い。その上、SIGMAはこれまでに自社製Eマウントレンズも開発・製造しているので、Eマウント側の動作シークエンスやプロトコルも熟知しており、そもそもカメラ側の変更による想定外のレンズの不具合が起こりにくい。つまり、もともとのレンズの光学性能はもちろん、AFやAEなどの制御も円滑かつ精確に、ソニーEマウント専用レンズとしてカメラが認識できるレベルまで精度を担保できる。技術者も、我々商品企画の人間も、信頼性については初めから確信を持っていました。SIGMAまたはキヤノンマウントと、ソニーEマウントの両方のレンズシステムに完全対応するコンバーターが実現すれば、業界のパラダイムを変えるくらいのインパクトがあるのでは、とも思いました。これまで我々自身も依拠し、レンズシステムを縛ってきた『マウント』の制約から、自由になる側面があるものですから」

メーカーの理想とユーザーの利便の間で

「今日のようにカメラの仕組みが複雑でなかった頃は、どのメーカーのレンズでも、マウント部分にアダプターを装着すれば、システムの違いを超えてある程度の互換性、共通性が保てていました。その後、一眼レフカメラやデジタル一眼レフカメラが台頭し、レンズにモーターやCPU、エンコーダーやスイッチが内蔵されるようになると、各メーカーの仕様に最適化しなければ機能しないようになっていきます。カメラメーカーには本来、それぞれに理想やポリシーがあります。最新仕様で最高性能を追求することを是とするメーカーもあれば、時代を経ても変わらない普遍的な価値を重んじるメーカーもある。それぞれの信じる品質や機能、ユーザーとの関係性に対する理想や価値観を追求するうちに、システムごと一貫して専用開発することが業界標準になっていきました。『マウント』には、そうしたメーカーごとのアイデンティティのような性質があると思います。マウントの共通化がユーザーの利便性に資する象徴だとすれば、専用化はメーカーの理想を追求することの象徴と言っていいでしょうね」

「ユーザーメリットという正義」のために

メーカーのアイデンティティや矜持を担うものであるがゆえに、当初は現場の技術者からも、「ここまでドラスティックなチャレンジをして良いものだろうか?」という声は聞かれたと言います。

「誰よりも山木社長が熟慮に熟慮を重ねたことと思いますし、私自身、迷いがなかったといえば嘘になる。これまでユーザーは、カメラボディに従属する形でレンズシステムを構築するしか選択肢がなかったわけです。けれどもこのコンバーターが実現すれば、ユーザーはマウント(規格)に依存することなく、レンズそのものの良し悪しを基準に、『レンズ中心のシステム』を自分で構築できるようになる。マウントがいけないわけではないけれど、少なくとも選択の主体性はユーザーに委ねられるべきだし、完全ではないにせよ、そういう一つの考え方、コンセプトに対して、非常に大事な一手になるのではないかと思ったのです。考えれば考えるほど、この製品は世に出すべきだと皆が思うようになりました。何より、この製品がもたらすメリットの最大の受益者がユーザーであるという事実が、我々の確信を後押ししてくれました」

機材選びの主権を、お客様の手に

「最終的には、『ゼロスタートのプロジェクトなので、失敗してもいいじゃないか。思い切って世に問おう』という社長の一言で歩を進めることになりました。本音を言いますと、当社としては、コンバーターではなく、Eマウントレンズを作るほうが、『併用』のお客様が2本買ってくれるチャンスが増えるので、そちらを狙いたい欲はまだあるんですよ(笑)。そのほうが実質的な開発コストも安く済むし(笑)。それでも『お客様が自分の主体的な判断や要求によってシステムを組んで、使い込める。機材選びの主権を自分の手にできるような、新しい価値、新しい可能性を感じられるものを提示したい』という原点に立ち戻った時に、『レンズ資産の価値を最大化する』というコンセプトを掲げるSIGMAだからこそ、やはりここは、敢えてマウントコンバーターで行くべきだろうと。実際に発売してからの反響を見ると、これで正しかったんだと思います」

まだないものを。新しい価値を。

MC-11は、しばしば「SIGMA Quality」とも評される、高いビルドクオリティに裏打ちされています。前後のバヨネットは真鍮製、筐体はアルミダイキャスト製。防塵防滴仕様で、内部には内面反射予防のための植毛が施してあります。

「社長にも『コストが高い、全然儲からない』と苦笑されたんですが、確かに材質や加工にはかなり心を砕いています。なぜなら、本質性能面で絶対に妥協できないところだったから。重量のあるレンズとカメラボディをこの小さなデバイスで接続するのに、プラスチック製というのはちょっと考えられないでしょう。いくら安く早く生産できるとしても、コンバーター本体に剛性がなければ光軸がずれてしまう。それだけは絶対に避けなければならないので。回転ガタのない最適な精度で装着でき、要求水準の高いプロフェッショナルな撮影でも十二分に対応できるものになっています。レンズの信頼性という点では、完全にソニーEマウント用レンズとして安心してお使いいただけます」

MC-11は、2013年にサービスインした「マウント交換サービス(MCS)」と同様、「レンズは資産」というSIGMAのコンセプトをオリジンとしています。ユーザーの方々が貴重な時間と情熱とお金を注いで構築したレンズシステム。その資産価値を高め、長く、大切にお使いいただくためにも、新たな発見、驚き、喜びを感じていただけるよう、さらなる可能性を探っていきたいと思います。どうぞこれからの展開にご期待ください。

※対応レンズについては以下からご確認ください。
http://www.sigma-global.com/jp/lenses/cas/product/accessories/mount-converter/

Yasuhiro Ohsone

株式会社シグマ 商品企画部長

1987年入社。光学、メカともに開発の現場を歴任し、他社との協業も数多く担当。2013年より現職。

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