SIGMA meets SEEKERS vol.6

Winter/2015-2016

[その先を追う表現者たち]

TALK SESSION写真家、写真を語る

極私的写真論

  • 蓮井幹生さん×笠井爾示さん

東京・六本木の「IMA CONCEPT STORE」で開催された「SIGMA presents LIVING WITH PHOTOGRAPHY」。
SIGMAユーザーでもある各界クリエイターの写真作品展示や トークセッションが開催され、ご好評をいただきました。
今回は、SEEKERS特別編として本セッションを再録します。

text : SEIN編集部 photo : Kitchen Minoru

蓮井 今回は、僕が今、最も好きな写真家とトークセッションを、というお話をいただいたわけですが、僕は前から爾示さんの写真をすごくいいなと思っていたんですね。

笠井 ありがとうございます。

蓮井 それで考えたテーマが、「極私的写真論」です。なぜかというと、爾示さんの写真の中にあるモノの見方とか、生理的な感覚とかが、日本人が撮っている感じじゃないんですよ。人でも渋谷の街でも、何か外国人が撮ったもののようで、そこに人種としての日本人、国としての日本みたいなものが非常によく見えていたんです。

笠井 たまに、「ちょっと外国的な視点がある」と言われますけど、僕はそういう意識では撮っていないので、分かんないんですよね。

蓮井 Instagramで公開しているストリートスナップや花の写真も、すごく好きなんですよ。

笠井 僕は基本的に毎日写真を撮っているんですけど、とくに花と空と街のストリートスナップは必ず撮るようにしているんです。空を撮ることで他のものに目が行くとか、花を撮ることで下のほうに向くとか、それによって視点が全方向に常に向かっていくんですね。

自分で自分の写真に驚きたい

蓮井 笠井さんの写真って血の気が多いですよね。だから生理的なんだと思う。その温度というか体感がいい。それってどうやって出てくるんですか。

笠井 それは僕も知りたいですよね(笑)。僕ね、実は自分が撮っている写真を自分であんまり信用していないというか、確固たる自信を持って撮っているわけではないんですよ。どっちかというと、日々いろいろ撮って、自分の写真を見た時に、「あっ、こんなの撮れちゃったんだ」って自分で驚きたいというか。

蓮井 あぁ、なるほど。

笠井 僕が撮った写真は僕の側にはないんですよね。抽象的な言い方かもしれませんが、僕は、自分も自分の写真と対話をしたいなと思うんですよ。自分の撮った写真が僕の側にあると対話できないじゃないですか。だから、被写体があって、僕がいて、僕の写真はその中間にある、みたいな感じがあって。その中から自分が好きなものを選ぶわけですけど、それはおそらく、自分の「生理」として欲しているからなのではないかと。

蓮井 すばらしいことを言いますね。

笠井 いやいや(笑)。僕は、プライベートの写真は基本的に日記だと思っているので、作品にしなきゃという意識もないし、これは人様に見せられるなという写真が1枚でも写っていれば、その日はオッケーかなと。

「今日も生きている」と実感できる1枚

蓮井 写真って記憶だと思うんですよ。僕はとにかく記憶力がないので、写真に記憶させておこうと。でも、僕はちょっと笠井さんよりも気が弱いんだろうけど、「これっていい写真なのかなぁ」とか考えちゃうんですよね。僕の作品は、だからちょっと血の気がないんですよ。たとえばこの「光模様」という作品は、朝、僕の部屋のブラインドから光が差した時の壁の模様です。こういうパターンがすごく幾何学的で、非常に面白くて。

笠井 写真家って、光にやっぱり反応しますよね。

蓮井 そうなんですよ。こちらは「白景」というシリーズで、長野の霧ヶ峰高原です。この真っ白い霧の風景を撮ろうとしている時に、霧が一瞬風で流れて、後ろにすごくきれいな山が見えたんですよ。それを見た時に、なんか涙が出そうになって。こういうのって、みんな同じじゃないかなと。つまり、みんな生活の中で道に迷った状態になったりして、日々不安に襲われていたりしますよね。

笠井 しますね。

蓮井 そういう、霧の中にいるみたいな状態の時に、たまにちょっと美しい風景が見えたりすると、「ああ、何かいいな。俺、いけるぞ」みたいになったりするでしょう。そういう気持ちを写真で表現できるんじゃないかなと思ったんですよ。僕はそういうふうに、写真がもたらしてくれる感動とかテーマを、自分になぞらえたら何になるのかと、いつも求めちゃっているところがありますね。だから、さっきお見せしたベッドルームの光模様も、「今日も朝の光がすごくきれいだね」って自分で感動して、イコール「今日も生きていたぞ」というようなことに近い。日々そういう感じで撮っている写真の中に、自分をドキッとさせる何かを見つけた時は、非常にうれしいですね。だから単純に“写真小僧”なんだと思うんです。

笠井 ええ、多分、お互い写真小僧ですよね。

写真家の写真はやっぱり違う

笠井 僕、自分の最高傑作とかないんです。どれが最高傑作か分からない。さっき言った、自分が自分のことを信用していないというのと一緒なんですけど、今日「これいいな」と思ったものを、明日もいいと思っているかどうか分からない。常に自分の好きな写真が変わっていっちゃうんです。

蓮井 僕もそうですね。自分でまず決められないし。あ、それとね、僕の写真が大きく変わったきっかけは、もう一つはSNSなんです。

笠井 SNSの話はしたいと思っていました。

蓮井 僕もInstagramとかに自分の写真をアップしていますけど、もう一切やめようと思う時もあるんです。でも、そういうSNSを何気なく見ていて、自分の写真が突然出てくると、「あれ、これ誰の写真?」という感じがあるんですよ。

笠井 それは分かります。

蓮井 写真をSNSに載せた時に自分から離れていくというか、世の中に出しちゃった感覚。で、ちょっと冷めてみると、子どもの頃に夜書いたラブレターみたいなもので、朝は読めないみたいな(笑)。それを「あ、出しちゃった、しまった、消したい!」と思って消しちゃう時もあるぐらい。

笠井 蓮井さん、やっぱり結構センチメンタルですね(笑)。おそらく写真家の中には、SNSとかInstagramには自分の作品は載せないという人もいるはずなんです。けど、僕はそこは自由でいいかなって思って。僕、撮ったらすぐに見せたい衝動が昔からあって、インスタだとそれができるんですよ。これいいな、人に見せたい、という時のツールとしてすごく便利で、それ以上でもそれ以下でもない。

蓮井 SNSに載せることで、自分の写真がちょっと客観的に見えるんです。僕の写真も、爾示さんの写真も、他の人の写真も、全部同じに見えてくるから、すごくそれが面白い。

笠井 でね、バーッと見ていると、アッと気になる写真は、意外とちゃんと写真家が撮ってる写真なんですね。やっぱり写真家って違うんだなと。蓮井さんのモノクロの写真も、パッと見て分かります。技術の話ではなく、一般の人の写真と写真家の写真は、持っている空気感が何か違う。

蓮井 ある意味でねちっこいんだと思う、写真家のほうが。自分の写真を、できても壊して、できても壊して、でも、そこから離れられない。

笠井 写真家はねちっこいですよね。

蓮井 イヤですね。もうちょっとサラッとダンディーでいたいんだけど(笑)。僕なんて、いまだに自分の作品も、写真が何かも分からずに迷っている状態で、爾示さんを見ると、「すげえなあ」といつも思っちゃうんですよ。

笠井 そんなことないですよ、全然迷ってますよ。最初にも言ったように、俺はこうでこうだという確固たる自信なんて持ってないですからね。基本的に写真って、自分でつくり上げたものじゃないじゃないですか。きれいなお姉ちゃんがいたから撮るわけで、きれいなお姉ちゃんを僕がつくり上げたわけではない。だから、あまり自分に自信を持っていてもしようがないんですよね。

セッションの終盤は写真家のワタナベアニさんもサプライズで登壇。いっそうトークが盛り上がった。

撮りたいもの以外は時間がもったいない

蓮井 ここでもう一人ご紹介したいんですが、客席に写真家のワタナベアニさんがいらっしゃるので、ぜひこちらへ。(客席より飛び入りで登壇) 僕がなぜアニさんの写真が好きかというと、人がすごくまっすぐ素直に写っているからなんですよ。

ワタナベ それは僕の性格が素直だから(笑)。僕はアートディレクターとして広告の仕事もやっていますけど、デザインの都合に合わせて撮った写真よりも、写真家が自分の想いで撮った写真のほうが、写真としてずっといい。だから、僕がデザインと写真を両方担当する仕事は、初めにデザインを考えないようにしています。写真が終わってから自分でデザインを始めると、「あ、オレの写真、まあまあだな」と思ったりするんです。

蓮井 アニさんの写真は、余計なしがらみとかまったくない感じがする。自分の撮りたいものしか撮ってないような。それがすごい気持ちいい。

ワタナベ それ以外は時間がもったいないので。

蓮井 アニさんのポートレートは黒バックでしょう。いつも持ち歩いてるの?

ワタナベ 持ち歩いてますよ、2m×0.9mのを、世界中。

蓮井 変人ですね、それは(笑)。僕も黒バックが好きで、ファッションの撮影などではよく使うけど、僕の黒バックとアニさんの黒バックは全然別物。僕の黒バックは写真の空間としての黒バックで、アニさんの場合は人物を背景からすべて遮断するための黒バックなの。それがすごくてね、すばらしいなと思うんです。

ワタナベ どの国でも黒バックで撮るので、後からどう並べても同じ写真になるんです。基本的に僕が面白いと思う人に会って撮っているだけだから、イタリアであろうと、フランスであろうと、環境にも条件にも何も僕は興味ない。

蓮井 そのへんの考え方がすでにアートディレクターなんだね。

ワタナベ コンセプチュアルになるのが、ちょっとイヤなんですよ。

写真を勉強し過ぎなんです、みんな

(ここで客席よりポートレート撮影の秘訣についての質問)

ワタナベ 今日ここに写真を学ぼうとしている人がいらっしゃるなら言いたいことがあるんですけど、勉強し過ぎなんです、みんな。こういう時にはこう撮るとか、こういう方法でこうしたらいいという意見って、すでにそれを上手にやっている先人がいる前提での教えであって、二人目は要らない。他の人と同じ方法を勉強するより、自分が一番ストレスのない方法、好きな方法で撮らないと、多分、長続きしないです。

笠井 僕が人物を撮る時に一番心がけていることは、とにかく自分が動くことですね。僕の経験値で言えば、男だろうが、女だろうが、被写体は動くことで表情が変わっていくんです。でも、じゃあ動いてくださいと言ったら、頭で動いてしまって、だめになっちゃう一方です。そのかわりに僕がどんどん動く。僕が動くと被写体も動くじゃないですか。角度によっていい絵が見えるとかそういうことじゃなくて、とにかく表情は動いたほうが変わってくる。

蓮井 僕も同じです。ただ、僕の場合は、音楽で言うとセッションに近い。こっちがどう動くかで、何かを伝えているの。「カメラを意識しないでほしい」というのは無理な話なんですよ、多分。だからむしろカメラを意識してもらいたい。まっすぐに。

ワタナベ 関係性が変わるからね、近寄れば。

笠井 そういうことなんです。距離感が変わる。

蓮井 そろそろ時間ですので、最後に一言だけ。写真というのはどんどん変わってます。変わるから面白いし、時代性が大事。「今」でなきゃいけないので、昔の人の写真もすばらしいと思うし、いいんですけど、僕はやっぱり今の人が今撮っている写真が正しいし、一番きれいだと思うんですね。そこに写っているものは、僕は、たとえごみであろうが、夕日であろうが、エロスであろうが、自分が美しいと思えるものを美しいと思って撮らないと、写真は美しくならないと思っています。僕にはそういう写真しか撮れないし、爾示さんの写真もアニさんの写真も、だから、僕は非常に美しいな、すばらしい写真家だなと尊敬しているんです。今日は本当にありがとうございました。

My favorite photographer SPECIAL

今、僕を惹きつけるこの作品

蓮井幹生さんセレクト

『MARS 火星―未知なる地表』

惑星探査機MROが明かす、生命の起源

NASAの火星探査機MRO搭載の高解像度カメラが捉えた最新・高精細画像約150点を、カメラの視野そのままに収録。「探査衛星から送られたデジタル画像は、まるでそれが抽象絵画であるかのように細密で造形美にあふれたもの。宇宙の美的ルールといってもいい画像の数々から学ぶことは多い」(蓮井さん)。

笠井爾示さんセレクト

川島小鳥『明星』

ページをめくるごとにときめきがある

『未来ちゃん』(2011年)が写真集としては驚異的な販売数を記録した川島小鳥さんが、3年間台湾に通って撮影した最新写真集。カメラを見つめる少年や少女の表情はどこか懐かしく、何かが強く胸を打つ。B5判のページを縦横に重ね合わせた大胆な造本も斬新。第40回木村伊兵衛写真賞受賞。

蓮井幹生

1955年東京都出身。アートディレクターを経て写真家となる。2009年から2年連続で作品がフランス国立図書館のパーマネントコレクションに。2013年4月、海外での初個展をベルリンにて開催。

笠井爾示

1970年東京都出身。多摩美術大学卒業。96年に初の個展を開催、翌年、写真集『Tokyo Dance』『Danse Double』を刊行。以後、広告や雑誌、CDジャケット、俳優・女優のポートレートなど幅広く活動。

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