SIGMA meets SEEKERS vol.2

Autumn/2014

[その先を追う表現者たち]

Ryoko Aoki

『能』という伝統があるからこそ
新しい創造に挑戦できる

  • 青木涼子さん能×現代音楽アーティスト

日本の伝統文化である能と、現代音楽とを融合させたコラボレーション作品を生み出し続けている青木涼子さん。
自らの本分に根ざし、新しい創造を追求する姿は、まさにSEEKERS。
そこに、SIGMAが思うものづくりの在り方を重ねずにいられません。

photo : Motonobu Okada styling : Remi Takenouchi
hair & make : Tomomi Fukuchi dress : mame
lens : SIGMA 50mm F1.4 DG HSM ︱Art

凛と張りつめた美しい立ち姿から発せられる、想像以上に重く低い謡声。青木涼子さんは、能楽と現代音楽をコラボレーションさせた作品を作り出しているアーティストです。7世紀もの歴史を持つ能の世界で、初めての、そしておそらくはただ一人の、インディペンデントで活躍するプロフェッショナルな女性能楽師なのです。
「能楽師という肩書きは少し違います。というより、私自身は、能楽師と名乗らなくてもいいと思っているんです。新しいものが作りたいから、肩書きにはこだわりがありません」
世界最古の舞台芸術ともいわれる日本独自の舞踊歌劇、能。青木さんは中学生の頃から能の稽古を始め、東京藝術大学邦楽科に進学して能楽を専攻し、伝統芸能としての能を学び続けてきました。
「といっても、私が生まれ育ったのはごく普通の家庭。小さい頃は漫画で憧れたクラシックバレエを習っていたんですよ(笑)。でも、だんだんと、『日本人なのに、何で自分の国のものじゃなく、西洋のバレエをお稽古しているんだろう……』と疑問を感じるようになって。いつかは日本の伝統文化を学びたいと思っていたところ、たまたまテレビで能の番組を見て、『カッコいい!』と魅了されてしまったんです」
運良く地元のカルチャースクールに能の教室があり、すぐに稽古に通うようになった青木さん。次第に、この伝統文化を生かして、新しい舞台表現にチャレンジしたいと思うようになり、先生の勧めもあって藝大へと進みます。
「能の世界のことは何も知らなかったから、藝大という創造的な場に進めば、さまざまな分野の人たちとコラボレートした創作活動ができると、楽しみにしていたんです。でも、入学したら、能楽専攻の学生はほとんど能の家の出身者で、学年で女性は私一人。学科自体がタテ社会ともいえる環境で、他学科との交流もなく、ひたすら能の授業についていく日々でした」
「伝統」と「創造」が遠く離れている現状に悩みつつも、一流の先生方の熱心な稽古に刺激を受け、ますます能が好きになっていったという青木さん。さらに、能の家の出身ではないことが逆に有利となった面もあったといいます。
「『女性と能』というテーマで研究を進めようと大学院に進んだのですが、その頃には学内でも他学科との交流が始まっていて、私もオペラと合作した公演に参加できることになったんです。でも、能の家の出身者はいろいろな制約があり、簡単には他分野と交わることはできない。自由な立場であることが、新たな一歩へとつながったんです」
この頃から、彼女は「創造」という夢に向かって走り出します。ロンドンの大学に留学して研究を進めつつ、彼女がアーティストとして選んだのは、能と現代音楽を融合させる創作活動。

能を代表する作品の一つである『井筒』も、青木さんの謡とバス・フルートによる『風の声』(F.ガルデッラ作曲)という現代音楽に生まれ変わった。

「能と演劇のコラボレーションはこれまでにもありましたが、音楽の分野ではなかった。これは面白いものになると思いました。ただ、ものすごく難しい。譜に表せない能と、五線譜で描き出す西洋の音楽をどう融合させればいいのか。パラレルでもなく、どちらが勝つでもなく、両方が一つになって生まれる新しい表現を追求したかった。幸いなことに、能からインスパイアされた、すばらしい曲を作ってくれる作曲家たちと出会うことができ、彼らと共に『これは違う』『これもNO!』と妥協のないエキサイティングな創作が続けてこられたから、ブレることなく、今の自分のかたちを作り出すことができたんだと思います」
海外の現代音楽作曲家たちが書き下ろしてくれる楽曲を謡い、彼らの意図に応えようと努めるうちに、一つの気づきも生まれました。
「彼らが求めるように表現しようとしても、どうしても能になっちゃう部分があるんですよ。日本の伝統文化である能が、自分の中に厳然とあるわけです。私は私以外になれない。時にはそこに限界を感じて悩むけれど、そんな自分だから生み出せるものこそを追求し、高めていきたい」
残念ながら今の日本では、現代音楽は難解だと捉えられがちな部分もあり、青木さんの活動はヨーロッパが中心になりつつあります。
「ヨーロッパでは、新たな創造を続けなければ自分たちの伝統文化は守れない、という意識がとても強く、実験的な舞台も受け入れる土壌がありますしね。ただ、海外では、おとなしくしていては何も通じない。何事も自分のパワーで勝ち取らないとダメなんだと痛感します」
受け継いだ伝統や、生み出すべきものは、世の中ではなく、いつでも自分自身の中にある。だから、自分が求めるものへとまっすぐに進んでいける。そんな青木さんの揺るぎない姿が、世界という舞台に、新しいクリエーションのかたちを届けつつあります。

テアトロ・レアル王立劇場(マドリード)で上演された『メキシコの征服』(W.リーム作曲)にも出演。©www.javierdelreal.com

My favorite photographer | Ryoko Aoki

鈴木理策

まるで舞台で繰り広げられる物語のよう

「2007年に東京都写真美術館で開催された写真展『鈴木理策:熊野、雪、桜』の図録として制作された写真集です。その展覧会がすごく印象的で、まるで会場自体が一つの作品というか、熊野の火祭りから雪、桜と物語が進んでいく舞台空間のようだったんです。そこに、自分の舞台作品と重なる部分を、どこかに感じた。いつか鈴木さんの写真とコラボレートした舞台を作れたら、すばらしいでしょうね」(青木涼子さん)

Risaku Suzuki/1963年、和歌山県新宮市生まれ。2000年第25回木村伊兵衛写真賞受賞。近著に『White』(edition nord, 2012年)、『Atelier of Cézanne』(Nazraeli Press, 2013年)。2015年2月、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で個展開催。

青木涼子

能×現代音楽アーティスト

大分県生まれ。東京藝術大学音楽部邦学科能楽専攻卒業(観世流シテ方専攻)。同大学院音楽研究科修士課程修了。ロンドン大学博士課程修了。博士号(Ph.D)取得。世界の主要な現代音楽の作曲家、音楽家と共同で新たな「能」の世界を生み出す試みを実践、国内外で活躍を続ける。2014年にデビューアルバム『Noh×Contemporary Music』をリリース。平成27年度文化庁文化交流使。

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