SIGMA meets SEEKERS vol.1

September/2014

[その先を追う表現者たち]

Koichiro Toda

一期一会の出会いを記憶する。
それが、僕にとっての写真の魅力

  • 戸田宏一郎さんアートディレクター

今回は、現代を代表するアートディレクターの一人として幅広い分野で斬新な表現を探求する戸田宏一郎さんに広告という仕事、そして写真への思いを伺いました。

photo : Motonobu Okada
lens : SIGMA 50mm F1.4 DG HSM / SIGMA 24-70mm F2.8 IF EX DG HSM

アートディレクターという言葉を聞いたことがあっても、どんな仕事かと問われると、答えられる人は案外少ないかもしれません。
「アートの解釈が、一般の方には分かりにくいのでしょうね。僕自身は、広告表現に関わるすべてのものを、ビジュアルを使って、相手に伝わるようにする仕事、それが広告のアートディレクターだと思っています」
そう話すのは、今、最も注目を集めるアートディレクターの一人、戸田宏一郎さん。彼の仕事には、見る者を一瞬「アレッ!」と思わせる仕掛けが隠された作品が多くあります。たとえば、タレントと商品だけで構成された電車の中吊り広告。商品パッケージは輪郭だけを残し、商品名も読めないほど意図的にぼかされています。一方、その奥では、グラスを持つタレントの顔へ、正確に焦点が。
「パッと見ると、非常識な広告ですよね(笑)。でも、僕なりに、誠実にテーマを追求した結果の表現です。実はその写真の横に、もう1枚まったく逆の、人の顔をぼかし商品だけにピンを当てた写真を配置しています。焦点の異なる2枚の写真を並べることで、2コマの物語を紡いでみたかったんです。究極的には商品を売るのが広告の目的ですが、その時伝えたい想いだけを一方的に表現すれば商品が売れるのかといえば、答えはノー。相手(消費者)の心にメッセージが届かなければ、どんなに美しい絵や美辞麗句を並べても、人は動いてはくれません。クライアントの伝えたい思いは虚心に受け止めます。しかし、そこからどれだけ飛躍できるかが、表現のカギになります」
広告を送り届けるべき相手に、まず「自分に向けたメッセージだ」と知ってもらわないといけない、そこがスタートだ、と戸田さん。
「そのうえで、次に行動(購買)に結びつけてもらって初めて、広告表現は成り立つ。クライアントの立場だけでなく、自分も消費者の一人として、日々コミュニケーションの道筋を考えています」
仕事で常に写真や写真家と接しているといってもいいほど、写真との関わりが深い戸田さんには、実は1年ほど「写真を遠ざけた時期」がありました。
「雰囲気のある写真を使うと、もうそれだけで、一つの世界観というか、“気分”を表現できてしまう場合があります。その気分に逃げるのが、ある時期、すごく怖いように思ったんです。逆にいえば、広告表現において、写真にはそれほどの力があります。その時期は、わざと出演タレントの写真を切り抜きにして色バックに置いてみたり、デザインモチーフの一つとして写真を使ったりもしました。でも不思議なもので、1年ほどすると、また写真を思い切り使いたくなったんです」
写真との向き合い方が変わったきっかけには、本当の力を感じさせてくれる写真家との出会いもあったといいます。
「ちょうど十文字美信さんと仕事をご一緒させていただく機会があって、写真の力を改めて思い知りました。『被写体の懐に飛び込む』とでもいえばいいでしょうか、写真家と被写体が一対一で向き合い、カメラを通じて無言の会話を交わしていました。気分どころか、その奥の奥まで入り込み、1枚の写真が誕生していく現場に立ち会った、忘れられない経験です」
仕事だけでなくプライベートでも、カメラがいつも身近にある戸田さん。この日も以前の愛機、SIGMA DP2sを持ってきてくれました。

愛機DP2sは自動開閉レンズキャップにカスタマイズ。

「フィルムが好きで、今でも家族をフィルムで撮ることが度々あります。そんな僕がデジタルの面白さに目覚めたのが、DP2s。当時デザイナーや仕事仲間にシグマを使っている連中がいて、彼らの作品を見て『デジタルもいいな』と」
店に行くまで買うかどうか半信半疑だったのに、手にしたらもう買っていたと笑う戸田さん。
「撮って驚きました。いいんです。でも、何がいいのか、説明するのは難しい。ただ、使って感じるのは、シグマの写真への向き合う姿勢が、僕の性に合っているな、ということです。誰にでも当たり障りのない写真が撮れるカメラではないけれど、その代わり、撮った本人も驚くようなクオリティに仕上がることがある。そんな意外性が創造性を刺激してくれるんです」

「1枚の写真から、その時の風の音や草木の匂いまで甦ることがある。それも、写真ならではの『記憶』だと思います」

デジタルを使うようになっても、画像の後修正や加工は嫌い、と語る戸田さん。それは、手を入れるほどに、写真ではなく、「絵」になってしまうからだといいます。
「写真は一期一会の出会いを写したい。それが、僕の基本スタンスです。そこに人が生きている感じを、何よりも大切にしたい。二度と起り得ない今を記憶できるのが、写真の面白さだと思います」
だからなのか、戸田さんのフォトファイルの多くを占めるのは、家族や仲間の写真だとか。
「双子の息子が小学1年生で、悩みは、片時もじっとしてくれないこと。DP2sではピントが間に合わないことも多く、シャッターを切った時にはもうレンズの前にいなかったりするので、最近は別のカメラが活躍中(笑)。また、僕は山が好きで、気の合う友人たちとよく出かけるのですが、カメラと三脚は必ず持っていきます。仲間と共に過ごした山での写真は、僕の財産ですね」
撮る人と撮られる人の「関係」に焦点が結ばれる。その時、戸田さんの「撮りたい!」は、動き出すようです。

家族や仲間を撮影することが多い戸田さん。登山中の雲海のカット(写真下)はお気に入りの1枚。 camera : SIGMA DP2s

My favorite photographer | Koichiro Toda

リー・フリードランダー

"家族”がそこにいる写真に惹かれる

「写真家の戎康友さんから勧められ、古書店で探して購入したのが、リー・フリードランダーの『Family』という写真集。フリードランダーが1958年から2004年まで撮り続けた、自分の家族のポートレートです。結婚して、子どもを育てて、そして孫が生まれて。そんな家族の姿が、モノクロームの写真に収められています。これが、ものすごくいい。最近の僕の、ちょっとした宝物です」(戸田宏一郎さん)

©DR Lee Friedlander, courtesy Fraenkel Gallery, San Francisco

Lee Friedlander/1934年、アメリカ・ワシントン州アバディーン出身。14歳で写真を始め、ロサンゼルス・アートセンターで写真を学ぶ。1956年よりフリーランスとして活動を開始。以後、現代アメリカを代表する写真家の一人となる。2005年にはニューヨーク近代美術館で回顧展が開催された。主な写真集に『Self Portrait』(1970)、『America By Car』(2010)など。

戸田宏一郎

アートディレクター/クリエイティブディレクター

1970年生まれ。東京造形大学卒業後、(株)電通を経て、2017年1月にクリエーティブコンサルティング会社 CC INC.設立。商品・ブランド開発から企業ロゴ、TVCM、ポスターなど、広告を含むコミュニケーションに関わるデザインを手がける。朝日広告賞、OneShow Design、D&ADなど国内外で受賞多数。

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