異形の植物

山村雅昭

山村雅昭(1939-1987年)は、1974年以降に植物を独自の視点から撮影し、写真集『植物に』(1976年)、『花狩』(1988年)を発表しています。植物を捉えた写真というと、植物図鑑に掲載されるような個別の植物をクローズアップして捉えた写真や、遠方を望む風景写真を思い浮かべますが、山村がレンズを向けるのは間近な、数歩ほどしか離れていないところにある植え込みや茂みです。日中にストロボを焚き、植物に閃光を浴びせて撮影するため、枝葉や花弁の色彩のコントラストが強調され、遠景と近景の間の距離が圧縮され、植物と周囲の光景の間でスケール感がちぐはぐになったような視覚効果が生み出されています。

ストロボの閃光によって、植物が瞬間的に硬直し、強い意思を持って屹立しているかのような、自然光のもとでは目にすることのできない異形の姿が曝け出されています。カラー作品の『花狩』では、「狩」という言葉にも表されているように、植物の生殖器官である花に焦点を合わせ、花と対決するかのような力のせめぎあいが画面の中に充満しています。

「葉鶏頭」撮影年不詳 ©Gasho Yamamura

『花狩』は、花を捉える視点の位置も特徴的です。通常花壇や植え込みを眺めるような、見下ろしたり、見渡したりするような視点ではなく、仰角の視点が多用されており、茂みの近くで花の周りを飛び回る昆虫の視点から捉えられた光景の中では、可憐な花々でさえも、地面から猛々しく聳え立っているかのようです。昆虫のような「人間ならざる存在」の視点から植物を執拗に撮影し続けた山村の根底には、通常自明のものとされるようなものの見方に問いを投げかけ、日常の中に潜む異貌を探り当てようとする姿勢があったのではないでしょうか。

「パープルコーンフラワー」撮影年不詳 ©Gasho Yamamura

人間を中心に据える世界観の中では、植物は人の手で栽培され、伐採され、食糧として利用できるものとして捉えられがちですが、植物は、人間よりも遥か昔から地上に存在し、光合成によってあらゆる生命を支えています。光合成(photosynthesis)を行う植物を、ストロボ光という光の作用を通して写真(photograph)に定着することで、山村はカメラを通して世界に対峙することの意味を自らに問うていたのでしょう。

「ハス」撮影年不詳 ©Gasho Yamamura

山村が捉えた光景は、人間のことを意に介さずに存在する異物としての植物の存在感を露わにするとともに、人間が存在する以前の、あるいは地上から消え去ってしまった後の世界をも想起させます。現実の世界に対峙しながら、時空を超えた世界を幻視することで、カメラは時として、撮影者の内的世界と外的世界の間の回路を切り拓く装置となるのかもしれません。

小林 美香

東京国立近代美術館客員研究員

国内外で写真に関する講義やワークショップを行う一方、展覧会の企画や雑誌への寄稿など、多方面で活躍。

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