光の葉 / プラタナスの観察

山本 渉
「菊の葉8」、『光の葉』(Leaf of Electric Light)シリーズより、2012年(ネガ制作2007年頃〜)
サイズ可変 gelatin silver print
© Wataru Yamamoto, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

黒い画面に散らばる白い点。闇の中で明滅する光を捉えた航空写真や衛星画像、天体写真のようにも見えますが、写真に写っているのは1枚の葉っぱです。山本渉(1986− / http://wataruyamamoto.jp/ )は、キルリアン写真という技法を用いて『光の葉』(Leaf of Electric Light)というシリーズ作品を制作しています。キルリアン写真(1930年代に旧ソビエト連邦でキルリアン夫妻が発明)は、対象物に高周波・高電圧をかけてコロナ放電を発生させ、その際に発散する水蒸気の電離や発光現象をフィルムや印画紙に感光させるというものです。手や植物のような生体が対象物として用いられ、それらの周りを光が取り囲むような画像ができるため、キルリアン写真は、「眼には見えないオーラを捉える神秘的な写真」として知られることになりました。

「unknown1」、『光の葉』(Leaf of Electric Light)シリーズより、2012年(ネガ制作2007年頃〜)
サイズ可変 gelatin silver print
© Wataru Yamamoto, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

山本の作品では、葉っぱの気孔から蒸散する水分が白い点として像を結び、葉脈や輪郭が浮かび上がっているものの、全体の輪郭がぼやけていたり、部分的に途切れたりしていて不鮮明であるために、一見すると葉っぱであることが判らないものもあります。写されているものが、一見してそれとは判らず、葉っぱと像を照合することもできないという点では、写真としては失敗のようにも見えますが、葉っぱの状態や感光した状況から忠実に生成された像であることは紛れもありません。鮮明な像と比べて、ぼやけた像を失敗と見なすことは、人の視覚を基準にした判断であるとも言えます。

山本は何枚もの葉っぱの放つコロナをキルリアン写真に定着させる中で、葉っぱを自然の中の「もの」としてだけではなく、変化する状態や現象として扱い、その現象の中に像の定着というプロセスを組み込むことを試みているのです。このようにキルリアン写真を通して葉っぱに対峙する山本の姿勢は、19世紀末に流入した“nature”の訳語として採用された「自然(しぜん)」を対象とするだけではなく、それ以前から存在していた「自然(じねん)」という考え方、つまり「自ずから然(しか)らしむ」森羅万象の状態に向かうような自然観に根ざしていると言えるでしょう。

「プラタナスの観察 p.3」、『プラタナスの観察』(Plane Tree Observations)シリーズより、2013年
36×25cm(Unique) paper, plane tree, gelatin silver print, pencil, color pencil © Wataru Yamamoto, Courtesy of Yumiko Chiba Associates

山本は葉っぱの撮影を続ける中で、できあがったキルリアン写真に頭の中に発生するイメージを描いたり、写真から導き出された言葉を書き入れたドローイング作品を作り出しています。実物の葉っぱと、キルリアン写真の像、それらを見続けることで頭の中で湧き上がってくるイメージが重なり合い、共振しながら自ずから生成を続けているようです。

小林 美香

東京国立近代美術館客員研究員

国内外で写真に関する講義やワークショップを行う一方、展覧会の企画や雑誌への寄稿など、多方面で活躍。

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