PERSONA

鬼海弘雄

鬼海弘雄(1945年- )は、1973年から40年以上にわたって多くの観光客で賑わう浅草寺の境内で行き交う人に声をかけ、山門を背景にポートレイトを撮り続けてきました。撮影の年月を重ねる中で、『王たちの肖像 浅草寺境内』(1987年)や『や・ちまた 王たちの回廊』(1996年)、『PERSONA』(2003年)、『Asakusa Portraits』(2008年)、『東京ポートレイト』(2011年) 、『世間のひと』(2014年)といった写真集として出版を重ね、ライフワークと呼ぶに相応しい作品として醸成を続けています。

被写体になった人たちはそれぞれに個性的で、戯曲の登場人物のような強い存在感を放っています。鬼海は、撮影に際して聞き出した身の上話や、職業、そのときの状況を描き出した言葉を写真に添えることで、偶さかに巡り会った人の来し方や行く末へと想像を誘います。写真に響き合う鬼海の言葉の喚起力は、無数の人々を観察し、カメラの前に立つ人々の佇まいや微妙な表情、仕草から何かを読み取ろうとしてきた眼差しの力に裏づけられています。

写真集を捲っていくと、同じ人物が時を隔てて再び、三たびと回数を重ねて撮影された写真が組み合わせられ、浅草寺という場所が人を引き寄せ続ける力のありようとともに、時間の経過、鬼海と写された人物との関係性が浮かび上がっています。「製本工をしているというひと」は、最初の写真(1987年)ではランニングにズボンという出立ちで微笑む初老の男性として現れ、数年後は和装で、その後は鬘やアクセサリーを身につけ、化粧をして女性のような出立ちで捉えられています(1990年、1991年、1992年)。

「製本工をしているというひと A man who tells me he is a bookbinder」(1987–1992年)『PERSONA』(草思社、2003年)より ©Hiroh Kikai

その時々の衣裳や持ち物によって、立ち方や顔の向き、視線、表情や手の仕草を変えて写るその佇まいは、「製本工をしているというひと」の人物の謎めいた魅力を増幅させ、撮影を重ねる毎に鬼海と気持ちを通わせていった経緯を想像させます。最初の写真では正面を向き、腕を下ろしているために画面の中に写っていなかった指先が、和装になって体の前で手が構えられるようになることで、手の仕草が腕の曲げ方や首の角度とともに、何かを饒舌に語りかけてくる身振りとして立ち現れてきます。

手の仕草は写真を見る人の視線を否応にも惹きつけ、この「製本工をしているというひと」の人となりを示す手がかりを目の前に差し出しているようでもありながら、謎めいた仕草は依然として謎めいたままです。「写真とは秘密についての秘密、写真が饒舌に語りかけるほど、それは分からないものになる」とは、鬼海が影響を受けた写真家ダイアン・アーバスの言葉ですが、鬼海の写真もまたこのような秘密を湛えながら、市井の人の存在を描き出しているのです。

小林 美香

東京国立近代美術館客員研究員

国内外で写真に関する講義やワークショップを行う一方、展覧会の企画や雑誌への寄稿など、多方面で活躍。

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