IN MY ROOM

鷹野隆大

この作品は、鷹野隆大(1963年– ) が1999年から2004年にかけて自宅で撮影した人物の写真をまとめた写真集『IN MY ROOM』(蒼穹舎、2005年)の収録作品の一つです。「自分の部屋で」というタイトルからは、家族や友人、恋人など私的で親密な関係性が読み取られるような写真が連想されるかもしれません。しかし一連の作品からは、撮る側と撮られる側との間にある「関係」を一旦宙吊りにするような意図が見え隠れします。

写された人たちは、一様に白い紙を背景に佇み、それぞれの相貌や輪郭がくっきりと見えるように照明があてられています。写真集では、上半身を捉えた写真の合間に、下半身を捉えた写真が挟まれています。上半身の写真は顔が写っているために「ポートレート写真」と呼ぶに相応しいのですが、下半身だけを捉えた写真は、写された人の属性が意図的に削がれているがゆえに謎めいた印象を与えます。

「素足に飾りのついた白いサンダルを履いている」(シリーズ「IN MY ROOM」より、2002年) ©Ryudai Takano Courtesy: Yumiko Chiba Associates / Zeit-Foto Salon

この作品では、股間の直ぐ下から脚全体が捉えられています。左足の方に重心を傾け、右足は後ろの方に引き、わずかに膝を緩めて浮かせているために身体全体の微妙な揺らぎが感じられます。履いている女性用のサンダル、左手の指先にほどこされた薄いピンク色のネイルから判断して、写っているのは女性かもしれない、けれども、手の指先や踝や足の甲の骨格はがっしりしていて男性のようにも見える。このように仔細に写真を眺めていると、画面の右上に小さく写り込んでいる手が、上半身の延長であり末端部分として、また写されている人物の意志を表わすものとして、見る者の注意を強く惹きつけ、見れば見るほどに謎が深まってきます。

他者を前にしてその人物の性別を判断することは、「この人はこういう人物だ」と認識し、意味づけを行う上で最初の段階にあり、日常生活の中でその判断は無意識のうちに、ほぼ迷うことなく下されています。しかし、鷹野が自分の部屋という私的な領域にモデルの人物を迎え入れながらも、相手について既に知っていることやその人物との関係に基づくのではなく、あくまでも表面に見える事象を忠実に写し取ることに徹しています。その行為は、「この人はこういう人物だ」と判断を下す前に、不確かな認識の段階での「見る」ということにいかにして踏みとどまれるのか、という挑戦だといえるでしょう。

小林 美香

東京国立近代美術館客員研究員

国内外で写真に関する講義やワークショップを行う一方、展覧会の企画や雑誌への寄稿など、多方面で活躍。

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