フォトヒロノブ

「写真者」になろうと思う。

2018.01.24

まさか「SEIN」で連載するとは思ってもみなかった。

私は昨年、24年勤務した会社を辞めた、ただの元サラリーマンだ。ふざけて「青年失業家」と名刺に刷ってみたが、写真家でもなければ写真機材の評論家でもない。

SIGMAの発行する「SEIN」。カメラ量販店で何度か手に取ったことがある。ハイセンスな感じのリーフレットで、ちょっと牛丼屋で開くのは憚られるような、いいホテルのバーカウンターでギムレットなんか飲みながら読むのが似合う感じだ。今度そのWEB版が出るという。そこに写真や言葉を載せているのは、蓮井幹生…藤代冥砂…ちょっと待ってください。そんな今をときめく写真家がひしめくところになにか記事を書く、あまつさえ私が撮った写真まで載せたりするのはおそれ多い。

おそれ多いので連載のタイトルをとりあえず『フォトヒロノブ』にしてみた。驚いたことに僭越な感じがさらに強まった。仕方がない。まずは自己紹介しよう。はじめまして。タナカヒロノブと申します。普段は、観た映画の話や、日々のよしなしごとを書いている。かといっていわゆる「ブロガー」でもない。とにかく何もしていない人なのである。こうなったら怖いもの知らずでこの場で写真など撮って載せてみようと思う。

写真を生業にする者、それは写真屋である。写真を生き方にする者、それは写真家である。私はそのどちらでもない。ただ写真を志す者、「写真者」と名乗らせていただく。永遠の初心者みたいなものです。

というわけで新しいレンズを手に入れた。SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art。

24ミリから70ミリ。これ一本あればまず基本はなんでも撮れるだろう…ていうか重い。最高の画質を追求したというArtラインのズームレンズだけあって、重い。

SIGMAというのはかつて、「カメラメーカー純正ではない手軽な交換レンズの会社」というイメージがあった。しかしいまは、その買いやすいラインを残しつつも、どこか「狂っている」としか思えない、とんでもない作り込みのレンズを世に問う会社になった。キヤノンマウントのこのレンズ、キヤノンが出している同じ焦点距離・明るさのレンズよりも重いのだ。ただし、手ブレ補正機構が入っている。

このレンズを活かすためのボディも購入した。キヤノン EOS 6D MarkⅡ。レンズが重量級なので、ボディは少しでも軽量なものにした。とはいえ35ミリフルサイズ一眼レフ様である。レンズを装着してみると軽いとは言いがたい。しかも48歳の私は、今年、「五十肩」なるものに悩まされているので、ずっしりと重い。だが手に触れるレンズの質感、きっちりカメラを構えるしかない姿勢、不思議と「撮る気」になってくる…ような気もする。

それにしても無職なのにえらい出費である。こうなったらもうなにか撮りに出かけるしかない。

しかし、ハタと考えた。いま自分が「写真を撮る人」として生活していないということは、「写真を撮る人とは何か」がわかっていないのではないか。また、私はカメラとレンズの使い方についても、写真を撮って生活している人からみれば、まるでわかっていないだろう。ならば、まずは写真を撮る人に話を聞いてみよう。そこから始めないと、この連載は始まらないと考えた。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/60秒

大串祥子。写真家である。これまで『Modern Pentathlon』(Ralf-Hellriegel-Verlag)、『美少年論 Men Behind the Scenes』(佐賀新聞社)、『少林寺 Men Behind the Scenes II』(リブロアルテ)という写真集を出版し、ちょうど京都で個展を開催しているところだった。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/30秒

彼女はかつて私と同じ会社の同期だったが、私よりはるかに早く退職して渡英し、写真家を志した。聞きたいことはたくさんある。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/60秒
Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM f2.8 1/60秒
Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/60秒

だが、話を伺う前に私が驚いたのは、写真の「オリジナルプリント」というものの凄まじさだった。このときは『少林寺』の作品が展示されていたのだが、

Copyright © 2017 SHOKO OGUSHI All Rights Reserved.

丁寧に銀塩にプリントされた写真1枚1枚の粒子が、意思と情報を伴って迫ってくる。ふだん私が雑誌のグラビアや、写真集や、PCの画面で見るものとは、なんというか、情報量が全くちがう。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/40秒

「この、『少林寺』は撮影にのべ3年かかりました。中国から撮影許可がおりるまでが簡単ではなくて。最終的には立入禁止エリアでの撮影を許され、武僧たちの姿に迫ることができたんです」

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私から見ると、大串祥子は机を並べていたはずの会社をいきなり辞めてイギリスへ渡ったように見えた。そして英国王室男子も通う伝統的なパブリックスクールであるイートン校を題材に写真を撮り始めた。日本で再会したときは、自身の名刺がすでに作品集になっていた。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM f2.8 1/50秒

大串祥子はそのとき、「我は人生の時間、世界のどこへでも行き、ただひたすらに美少年を撮るのだ」と言った。十数年前に初めてそれを聞かされ、見せられた私は、理解ができずにいた。なぜ彼女は安定した大企業での生活を捨て、なんの保障もない人生に踏み出したのだろうと疑問だった。

Copyright © 2010 SHOKO OGUSHI All Rights Reserved.
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大串はその後もドイツ連邦軍の兵役をつとめる若い兵士たち、オリンピック近代五種の選手たち…彼女が宣言した通り、世界のどこにでも赴き男性が美しく輝く一瞬を捉え続けた。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/60秒

「写真は仕事ではなくて、生き方であり、死に方だから」と彼女は語る。

Copyright © 2017 SHOKO OGUSHI All Rights Reserved.

「被写体だけが存在し、撮影者は不在になる」と彼女は言う。

いまここにある美に届きたい、と感じて動くことが生きることのすべてになった。撮っている間は自分の存在が消えている。写真を撮るときは、他者しかここにはいない。

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また彼女は、「自分の時間を他者の時間と引き換えることになる」と語った。

自分はこの世にいなくなっても、この写真はこの世から失われるわけにはいかない。時間がなくなっていくことを感じること、死に方は生き方であることを写真を撮ることから感じている、と。

大串祥子は写真集『美少年論』の冒頭にこの言葉を掲げる。

If only I could stay in this moment.
ここにいる、いまを止めたい。

Canon EOS 6D Mark II+SIGMA 24-70mm F2.8 DG OS HSM | Art f2.8 1/80秒

「写真を撮る人」として生きてこなかった私には簡単にはわからないだろう。

だが、私も彼女と同じように、勤めていた会社を辞め、「感じて動くこと」「生き方と死に方」を考えるようになったいま、少しだけわかることがあるかもしれない。

この場で連載を始めるにあたって、必ず聞かねばならない言葉があったと私は信じて、これから写真を撮っていくし、また写真家たちとの対話を続けて行こうと思う。

カメラの話、レンズの話もプロに聞きたいと思ったのに、どうでもよくなってしまった。大串祥子のオリジナルプリントの前に立ったとき、まるでカメラというものが存在しないかのように感じたから、その話はできなかったのだ。

だが、帰りがけに彼女は言った。

「そのレンズ、何?でかっ!うわっ…重っ!でも良さそうね」

なんと、私はせっかく手渡したSIGMAの真新しいレンズで、写真家に自分を撮ってもらうのを忘れたのだった。

田中 泰延

1969年大阪生まれ。株式会社 電通でコピーライターとして24年間勤務ののち、2016年に退職。「青年失業家」「写真者」を名乗り活動を始める。2019年、初の著書『読みたいことを、書けばいい。』(ダイヤモンド社)を上梓。Twitter:@hironobutnk

大串 祥子

佐賀県生まれ。株式会社 電通を退社後渡英。ユニバーシティ・オブ・ジ・アーツ・ロンドンのフォトジャーナリズム学科在学中にはじめたプロジェクト『Men Behind the Scenes』では、英国のイートン校、ドイツ連邦軍の兵役、コロンビア軍麻薬撲滅部隊、近代五種、嵩山少林寺など、秩序、ルール、制服、階級、不条理にいろどられた究極の男性社会に潜入し、女性の視線から男性の美と謎を追い求めている。

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