4

第四話|28mmについて語る 〜後編・オートフォーカスの時代〜

皆様、こんにちは。SIGMA大曽根です。30年以上にわたってSIGMAの製品開発に関わってきた立場から、製品開発の歴史やその魅力、時代や市場の背景、今だから言える失敗談(笑)などをお伝えする連載企画「大曽根、語る。」。第四話は、前回に引き続き、「28mm単焦点レンズ」後編についてお話しします。

SIGMA 28mm F1.8 ASPHERICAL ZENの発売

MINOLTA α-7000の登場によって始まったオートフォーカスの時代、カメラだけでなくレンズも大きく進化したのだが、この進化を支える技術の一つが「非球面レンズ」であった。特に広角から標準域のズームレンズには性能改善と小型化に大きな効果があった。
SIGMAはこの非球面レンズをあえて単焦点レンズに使用した。1991年に発売したSIGMA 28mm F1.8 ASPHERICAL ZENがその第1号である。非球面レンズによる設計自由度の向上と、ほぼ同じ時期に大口径化に対応できるマウントと組立工程が完成したことにより、このような大口径広角レンズが開発できるようになったのである。

SIGMA 28mm F1.8 ASPHERICAL ZEN

SIGMAはこの大口径レンズに「3万円」という衝撃的な値付けをする。当時SIGMAの販売の主力はW(ダブル)ズームと呼ばれる、標準ズームと望遠ズームの2本セットであった。Wズームは空前のヒット商品となっており、SIGMAの本数ベースでの交換レンズシェアが2割に達していたのだが、このWズームキットの販売に陰りが出てきていた。カメラメーカー製の純正ダブルズーム同梱キットによってシェアが奪われ始めていたのだ。このため販売を下支えするような人気レンズが必要だったのである。

この、一見安すぎるようにも見える値段でも、Wズーム2本キットを非常に低価格で販売していたSIGMAにとっては、相対的には利益率の高いレンズであった。このレンズはヒット商品となり、経営の苦しかった時期のSIGMAをよく支えてくれた。その後、設計変更で軽量化と生産性向上に成功。Ⅱ型としてさらにファンを増やしていった。
非球面レンズを採用することで28mmというクラシックなスペックのレンズに「大口径」と「高性能」という2つの魅力を与えることができた。私もこの明るく使いやすいレンズに感銘を受けてNikon-MF用、OLYMPUS-OM用、PENTAX-AF用、SIGMA-SA用と、カメラを買い換えるたびにこのレンズを買って愛用していた。

SIGMA 28mm F1.8 Ⅱ ASPHERICAL ZEN

ところで、このSIGMA 28mm F1.8 Ⅱ ASPHERICAL ZENの機構設計を行ったのが若い頃の山木和人(当時光機技術部に在籍)であったことは記憶に留めておいて良いかもしれない。フォーカスモーターや絞り機構が三次元的に配置された優れた設計であった。

EXシリーズの28mm

SIGMAは1998年にプロやハイアマチュアをターゲットとしたEXシリーズを発表、高性能レンズの開発に本格的に着手することとなった。

この時SIGMAはEX向けとして非球面レンズを採用した大口径広角レンズ3本を同時に設計し、部品をなるべく共通化して短期間かつ安価に開発することを目論んだ。その作戦は見事に当たり、2000年から2001年の間にSIGMA 20mm F1.8 EX DG ASPHERICAL RFSIGMA 24mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACROSIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACROの3本をリリースすることに成功した。この中で28mm F1.8はフローティングフォーカス機構を採用することで最短撮影距離0.2m、マクロ倍率1:2.9とマクロレンズ並みに寄れるレンズとして好評を得た。しかし、兄弟である20mm F1.8の「20mmでは世界初のF1.8」というインパクトのあるスペックに対して、少々影が薄かったのも事実である。使った人にはその良さがわかるレンズ、というところだろうか。

SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACRO

1999年以降SIGMAでは28mmの開発が途絶える。理由はデジタル対応のため、DCレンズ、つまりAPS-C用交換レンズの開発に集中し、フルサイズの広角単焦点レンズに手が回らなくなったことにある。このため、SIGMA 28mm F1.8 EX DG ASPHERICAL MACROは長くSIGMAのラインナップを支えることになった。

「平凡な28mmはつくらない」

SIGMA 28mm F1.4 DG HSM | Art

最後に登場するのは、言うまでもなくSIGMA SGVシリーズの最新作SIGMA 28mm F1.4 DG HSM | Artである。名実ともに世界最高の大口径28mmと自負している。実はこのレンズ、当初はこれほど性能を上げる予定ではなく、Artシリーズの拡充と新人光学設計者の研修も兼ねて「光学性能やサイズ感はSIGMAの現行24mmや35mmと同等」という企画でスタートしていた。しかしその後他社からとても性能の高い28mm F1.4が発売されたことから方針に迷いが生じた。当初の企画通りの性能とサイズ感で開発を進めるか、他社に対抗して性能を上げるか迷ったが、若い光学設計担当者の「Artという名を頂いた以上、他社に負けたくない」という熱意に圧されて、日程を延ばし性能を上げる方向に舵を切ることとなった。同じ時期にSIGMA 40mm F1.4 DG HSM | Artが進行しており、その性能の高さに若い光学設計者も影響を受けたのかもしれない。

出来上がったレンズは24mmや35mmよりはやや大きくなってしまったが、それでもArt2世代目と言われる85mm、135mm、105mm、40mmに比べれば十分小さく、また性能もArt2世代目という名に恥じないものとなっている。特に周辺の性能の高さについては過去の広角レンズでは例がないレベルである。そしてこのレンズには「平凡な28mmはつくらない」というSIGMAのポリシーが生きているのだと思う。
大きく重いながらも、一度カメラにつければ風景から夜景まですべての領域で最高性能をたたき出す大口径広角レンズSIGMA 28mm F1.4 DG HSM | Artをぜひ堪能していただきたい。

Yasuhiro Ohsone

株式会社シグマ 商品企画部長

1987年入社。光学、メカともに開発の現場を歴任し、他社との協業も数多く担当。2013年より現職。

Share on social media