下町の屈託のない子供たちを撮った
女性写真家

text: 河内 タカ

2019.05.08

先日、この『SEIN』に再掲載となったThe Essentials vol.1で、山木社長が紹介されていたエヴリシング・バット・ザ・ガールによる『Love Not Money』の(二人の子供を撮った)印象的なアルバムカバーを見ました。今回、ヘレン・レヴィットのことを書こうと思ったのは、この写真家がもっとも興味を示したものもストリートで無邪気に遊ぶ子供たちの姿だったからです。

ヘレン・レヴィットは1913年にブルックリンに生まれ、18歳の時からブロンクスの肖像写真スタジオで働きながら写真を学びました。やがて、その後に知り合ったウォーカー・エヴァンスの助手となり、小型ライカを使用するスナップ・スタイルはアンリ・カルティエ=ブレッソンに多大な影響を受けたことで知られる写真家です。

1930年代半ばから1940年代の終わり頃にかけて、ニューヨークのスパニッシュ・ハーレムやロウアー・イースト・サイドといった移民が多く住む雑多な地域を好んで撮影していたのですが、その頃の作品は彼女の代表作である『A Way of Seeing(訳すと「ものの見方」となります)』という写真集を通じて見ることができます。当時はまだテレビがなかった時代で、その界隈に住んでいた子供たちにとっての路地裏は格好の遊び場であり、そこで日々繰り広げられる戦争ごっこやかくれんぼう、いじめっ子やチョークを使った落書きなど、やんちゃな子供たちの生き生きとした表情が独自の視線によって写し取られています。

そんな子供たちの様子だけでなく、家の中から椅子を持ち出して昔を懐かしむような表情の大人たちの姿や井戸端会議に夢中な女性など、白人も黒人もラテン人も入り交じる様子からは人種間の壁はなく、ニューヨークの下町で日々繰り広げられていた古き良き時代の様子は、どこか戦後の日本の昭和の風景にも似ていたりもします。その一方で、1950年代中期に産み落とされることになる躍動感に満ちたウィリアム・クラインの『New York』にもつながるシャープな感性と高い技術が、彼女の写真からは感じられるのです。

ヘレン・レヴィット/1913年、ブルックリン生まれ。ほぼ独学で写真を学び、1930年代から人種や貧富に関係なく自由に遊ぶニューヨークのハーレムや下町の子供たちの写真を撮り始める。1943年にはニューヨーク近代美術館で個展を開催し、さらに『The Quiet One』(1949)、『In the Street』(1951)などの映画も制作した。グッゲンハイムからの奨学金を得たことでストリートでの撮影をカラーで行い、2001年には未発表とカラー作品を収録した『Crosstown』が刊行されたが、2009年に没した。『A Way of Seeing』は1965年に出版されたヘレン・レヴィットの代表的な写真集で、近年になってデューク大学出版から改訂版が復刻された。ウォーカー・エヴァンスとの著書もある作家ジェームズ・エイジーがエッセイを寄せている。
Helen Levitt, Untitled(Home Team, The Reds), New York City, c.1940

ひかえめで寡黙だったというレヴィットが撮った写真は、くったくのない人情味に溢れており、絵画的というか人の心に残るものばかりであり、それはおそらく自分が生まれ育った街への愛情が反映されたものだったのでしょうか。しかし、レヴィットの最初の写真集が出版されたのは、撮影した時期からなんと約20年も経過した後のことだったのは、彼女の表舞台を嫌う性格が影響していたのかもしれません。

ヘレン・レヴィットは女性ストリート・フォトグラファーのパイオニアであり、今でこそ“写真家の中の写真家”と言われたりするものの、グリニッジ・ヴィレッジの小さなアパートで一匹の猫と慎ましく暮らし、その素性もさほど知られないまま、10年前に95歳でひっそりと亡くなっています。師であったエヴァンスは、彼女の写真を評して「非ジャーナリズム」と語っていたそうですが、その言葉通り、報道写真とは趣が異なるパーソナルな視点が貫かれた優れた写真は、当時のストリート・ライフを新鮮な輝きを放ちながら今の時代に伝えてくれるのです。

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジへ留学し、卒業後はニューヨークに拠点を移し、現代アートや写真のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。長年にわたった米国生活の後、2011年1月に帰国。アマナの写真コレクションのディレクターに就任し国内写真家に限定した写真作品を収集。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』(太田出版)と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。2017年1月より京都便利堂のギャラリーオフィス東京を拠点にして、写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した海外事業部に籍を置き、ソール・ライターやラルティーグのポートフォリオなどを制作した。最新刊は『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(オークラ出版)。

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