素顔のブルックリン・ギャングたち

text: 河内 タカ

Early Summer/2015

1950年代後半、マンハッタンやブルックリン周辺には約千人ともいわれる若いギャングたちがいたといわれています。しかし、ギャングといっても黒サングラス姿の拳銃を持った男たちでなく、そのほとんどがティーンエイジャーの集まりであり、イタリア系移民とアイルランド系移民といった異人種が衝突するエリアで縄張り争いをしていた、意気盛んな若者たちを通称してギャングと呼んでいたようです。

例えば、映画『ウエスト・サイド・ストーリー』や『エデンの東』では、リーゼント頭できめたつっぱり兄ちゃんたちのことが描かれていますが、まさにあの感じのグループを指していたのです。そんな彼らのことに興味を持ったのが、まだ20代半ばのドキュメンタリー写真家だったブルース・デビッドソンでした。彼は「Jokers」と呼ばれたブルックリンを拠点としたギャングのメンバーの一人と知り合い、その日から彼らと共に何ヶ月も時間を過ごし、仲間やガールフレンドたちも含めた日常の素顔を写真にまとめたのが、『Brooklyn Gang』という泣けるようなシリーズでした。

このシリーズは、ブルースの作品の中でも最も人気があるものの一つで、近年ではボブ・ディランのアルバム『Together Through Life』のアルバムカバーにも使われています。1998年に出版された同タイトルの写真集もすぐに売り切れてしまい、現在はかなりの高値となっているようです。ブルックリンの中央部分にあるプロスペクト・パーク、南東の端に位置する行楽地で有名なコニーアイランド、また「Helen’s Candy Store」という彼らが好んだ地元のダイナーなどで、時間を持て余した血気盛んな若者たちの日々が、彼らと限りなく同じ目線からハートフルに写し撮られています。

同じバックグラウンドを持つ仲間と一刻だけでも心を通じ合わせていたブルックリン・ギャングたちの日常を撮ったブルース・デビッドソン。これは、ボブ・ディランの『Together Through Life』(2009)のアルバムカバーにも使用されたハートフルな作品。©Bruce Davidson/Magnum Photos

ブルース・デビッドソンは個人的にすごく思い入れがある写真家で、ぼくが日本で初めて企画したのが実は彼の展覧会だったのです。当時、展示するための作品を選びながらブルースが語ってくれたことで記憶に残っているのが、このブルックリン・ギャングに登場する彼らの多くは「Broken Family(=家庭関係が崩壊した家)」が原因で家に居場所がなくなり、やがて金銭トラブルやドラッグがらみの事件に巻き込まれていったという逸話。そして、その中の何人かは悲しいかな、10代にして命を落としてしまったそうで、だからこのシリーズは若くして亡くなってしまった彼らに捧げたブルースからの鎮魂歌でもあるのかもしれません。

家庭や地域(コミュニティ)、教会や学校にも受け入れられず、周囲の大人や社会に対して憤りを感じ反逆していても、心の底では人の温もりに飢えた繊細な部分を持つティーンエイジャーたち。そんな切ないバックグラウンドを持つ同胞的な仲間と、ほんのひとときだけでも心を通じ合わせていたアットホームな様子が、彼の写真には息づいています。ブルース・デビッドソンの『Brooklyn Gang』は、半世紀もの歳月を飛び越え、生きる活力に満ちた彼らの生の姿を浮かび上がらせたハートフルな写真群であり、そんな彼らの深い吐息が聞こえてくるような気がしてくるのです。

『Bruce Davidson: Photographs』(1978)。「The Dwarf」「Brooklyn Gang」などブルース・デビッドソンの初期作品約110点を集めた写真集。ブルースによるテキストも掲載されている。

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジへ留学し、卒業後はニューヨークに拠点を移し、現代アートや写真のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。長年にわたった米国生活の後、2011年1月に帰国。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口』(太田出版)を刊行。2017年1月より京都便利堂のギャラリーオフィス東京を拠点にして、写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した海外事業部に籍を置き、ソール・ライターやラルティーグのなどのポートフォリオなどを制作した。最新刊として『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)がある。

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