第一線のフォトグラファーとして活躍しながら表舞台から姿を消したソール・ライター

text: 河内 タカ

Early Summer/2017

生きている間はあまり日の目を見ることはなかったのに、亡くなった後に高く評価される写真家がいたりするわけですが、最近だとナニー(子守)をしながら人知れず撮り続けていたヴィヴィアン・マイヤーがその顕著な例だと思います。そして、もう一人と言われればおそらくこのソール・ライターを挙げてもいいかもしれません。しかしながら、彼の場合はまったく無名だったわけではなく、第一線のファッション・カメラマンとして活躍したのちに、なぜか活動を止めたため、長い間忘れられた存在だったのです。

隠遁生活を送っていたライターが世界的に注目されるきっかけになったのが、彼が半世紀も前に撮った写真を収めた写真集と、2012年に制作されたドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』(日本公開は2015年)の公開によってだったのですが、奇しくもその映画が封切りされてまもなく彼はこの世を去ってしまったのです。

 

1950年代からニューヨークで第一線のファッション・カメラマンとして活躍しながら、1980年代に商業写真から退き、世間から姿を消したソール・ライター。ドイツのシュタイデル社から未発表のプライベートなカラー写真を収めた作品集『Early Color』が2006年に刊行されて大きな話題となった。 ソール・ライター《タクシー》1957年、発色現像方式印画、ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

1923年に米国のピッツバーグに生まれたソール・ライターは、23歳の時に画家を志してニューヨークへ向かい、そこで抽象表現主義の画家仲間を通じてW・ユージン・スミスとの交友を深め、彼の影響からモノクロで写真を撮り始めます。やがて、1950年代後半になるとカラーでのファッション写真が『エスクァイア』や『ハーパーズバザー』に掲載され、さらには『英国ヴォーグ』の表紙を飾るほどの売れっ子だったのですが、絵描きになるという夢を捨てきれなかったのか、1981年から商業写真家としての活動をぱったりと止めてしまうことに……。

それから約30年後、すでに80歳を超えていた老齢のライターが世界的に注目されることになろうとは、おそらくライター本人がもっとも予想しなかったはずです。「有名人を撮るよりも、雨に濡れた窓を撮るほうが興味深い」と前述の映画の中で語っていたのが印象的でしたが、すでに失われてしまった50-60年代のマンハッタンの風景を撮った彼の写真には、都会の喧騒の中で誰も気に留めない日々の些細な一瞬が、誰にも真似できない独特のフレーミングによって切り取られていました。しかも、そのどれもが古き良きアメリカを想わせる豊かな色に彩られていて、それらが撮られた年代を考慮すれば、「ニュー・カラー」のパイオニアとして有名なウィリアム・エグルストンよりも、なんと20年も早い段階でライターはカラー写真の面白さを引き出していたということになるのです。

華々しいキャリアに58歳でピリオドを打ち、表舞台から静かに姿を消したライター。その後亡くなるまでの長い間、彼はヴィレッジのモノに溢れたアパートで好きな絵を描いたり、スナップ写真を撮ったりしながら、奥さんと猫と慎ましく暮らしていたという話が、半世紀も前に撮られた探求心に満ちた写真をより魅力的なものにしているのかもしれませんね。

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し、展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年に帰国。自身の体験をもとに、アートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口 美しいもの、世界の歩き方』の[アメリカ編]と[ヨーロッパ編]を刊行した。

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