スティーグリッツが撮ったオキーフ

text: 河内 タカ

Autumn/2014

“近代写真の父”と呼ばれ、画家ジョージア・オキーフの夫としても知られるアルフレッド・スティーグリッツ。彼は写真家としてだけでなく、編集者や画廊のオーナーとしてアメリカの地に新しい写真スタイルを根付かせ、アートとしての写真の発展に多大なる貢献を果たした人物です。そのスティーグリッツがオキーフを撮り続けたポートレート集が、1978年に出版された『Georgia O'Keeffe: A Portrait』という美しい写真集でした。

1917年から30年間にも渡ってオキーフを撮り続け、そこから選りすぐられた79点が年代順に収められているのですが、本そのものが装丁や印刷を含めて一つの芸術作品のような端正な作りであり、長く写真ファンたちを魅了してきました。そして、この本が出版された際に、オキーフは以下のようなコメントを残していて、自らが被写体となった回想、そしてスティーグリッツのポートレート写真に対する姿勢を側近の立場からストレートに語っています。

「スティーグリッツは、彼のギャラリーだった『291』で初めて私を撮りました、1917年の春のことです。私の手は子供の頃からわりと褒められていたんですが、自分としてはあまり意識したことはありませんでした。彼は枕に乗せた私の顔や手や腕など異なったポーズで撮っていました。ときに手や頭のポジションをいろいろ変えたり、身体の向きをあちこち変えたりしながら……。スティーグリッツは、写真に対して何をどう撮りたいかというシャープな視点を持って対象に向かっていたのでしょうね」

23歳も年下だったオキーフと結婚したスティーグリッツ。この写真集には彼女のポートレートとともに、まさに「手のポートレート」と言わんばかりに手と指先を撮った写真が数多く登場する。

彼女が触れているように、この写真集にはまさに「顔と手のポートレート」といってもいいほどオキーフの手と腕が執拗に登場し、ちょっと男性っぽい彼女の顔と対比させるかのように、白魚のような繊細な手が艶かしくいろいろな表情で撮られています。さらにページをめくっていくと、いきなり登場する成熟したヌード姿にハッとさせられ、終盤においては達観した牧師のような凛々しい顔つきとなっていくという流れがあり、彼女の生き様を強く感じさせてくれる構成になっているのです。

オキーフの言葉はさらに続きます。「今、こうやって撮られた写真を見ると、自分でもそこに写っているのが誰だかわからなくなるし、一つの人生なのにいくつもの人生を生きたかのようにも見えてきます。多分、彼が考えていたのは単なる肖像写真ではなかったはずです。おそらく理想としていたのは、生まれたばかりの赤ん坊から始まり、その子が大人になっていく成長の過程を撮り続け、成人になった以降もずっと追い続けることだったのかもしれません。つまるところ、彼にとっては写真で紡がれた日記みたいなものだったのだと思うのです」

もともとニューヨークのメトロポリタン美術館で1978年に行われた展覧会カタログとして出版された『GEORGIA O’KEEFFE: A PORTRAIT』。オキーフのポートレートの美しさはもちろんのこと、写真集そのものが一つの芸術作品のような端正な作りになっている。

スティーグリッツの代表作と賞賛され、単なるポートレートを超えた洞察に満ちたこの決定的ともいえる写真集は、結局のところ、才能溢れる妻への「愛」と写真に対する探求心が、普遍性を帯びた作品群につながったということなのかもしれませんね。

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジへ留学し、卒業後はニューヨークに拠点を移し、現代アートや写真のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。長年に渡った米国生活の後、2011年1月に帰国。アマナの写真コレクションのディレクターに就任し国内写真家に限定した写真作品を収集。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』(太田出版)と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。2017年1月より京都便利堂の東京オフィスを拠点にして、写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した海外事業部に席を置き、ソール・ライターやラルティーグのポートフォリオなどを制作した。

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