すべては静止したまま……

text: 河内 タカ

Spring/2016

「私は彼の写真の多様性にいつも驚かされ、興奮させられる。とても一人の写真家が撮影したとは思えない時すらある。それはテーマごとの違いというよりも写真自体のすべての発想が違うし、時にとても絵画的な彼の色使いと感情移入できるところも好きだ」

— ルイジ・ギッリに関するウィリアム・エグルストンのコメント

イタリア北部スカンディアーノ生まれの写真家ルイジ・ギッリが残した彼の代表作、それが『モランディのアトリエ』というシリーズです。これは、瓶や陶器などの静物を乳白色の色彩によって繰り返し描いたことで知られるイタリア人画家ジョルジュ・モランディのアトリエを撮影したものであり、孤高とも瞑想的とも評されるモランディの世界観が実に魅力的に写し取られています。

このシリーズは、モランディの没後、彼が制作していたままの状態に保たれていたボローニャの古いアトリエを、ギッリが1989年秋から1990年夏にかけて撮り下ろしたものですが、どこか画家の背後からそっと覗き見るかのような親密な空気感があり、生前のモランディの心の中を垣間見るような繊細な写真群なのです。

落ち着いたトーンに満ちたギッリの写真は、整然と並べられたオブジェだけでなく、絵の具が飛び散った壁の上の黄ばんだ光の調子さえも絶妙にとらえていて、モランディの生きた時代から長い年月を隔てた二人のコラボレーションとして、2002年に発表されて以来、写真界だけでなくアート界でも高く評価され続けています。

ルイジ・ギッリ(1943-1992)は、もともとウジェーヌ・アジェやウォーカー・エヴァンスに影響を受け、米国で「ニューカラー」が生まれるずっと以前の1970年初頭から、ヨーロッパの地においてカラー写真を撮り始めていました。1978年には初写真集『コダクローム』を出版、そして80年代になると建築やイタリアの風景を主なテーマとして作品を撮り続けていましたが、悲しいことに、この『モランディのアトリエ』を撮り終え、その写真集の出版を企画していた途中、わずか49歳で急逝してしまいました。

自身がこよなく愛した北イタリアの澄み切った光の下、透明感溢れる風景写真を撮りながら、さらには写真史や写真論を書き綴った著書『写真講義』を残したギッリは、冒頭に登場したエグルストンや、彼のことを「20世紀写真の巨匠のひとり」とまで評した映画監督のヴィム・ヴェンダースを筆頭に、欧米では今も多くのファンに愛され続けている写真家です。また、日本においても、イタリアでの生活を題材としたエッセイストであり、イタリア文学の翻訳者としても知られた須賀敦子さんの全集の表紙にもフィーチャーされているため、その装丁を通して目にした方もいらっしゃるはずですが、でも、おそらくモランディやギッリのことを知らずとも、時が止まり静寂に満ちた作風に、どこかで見たことがあるような懐かしさや郷愁を覚えるかもしれませんね。

ギッリ自身の言葉によって、写真史や撮ることに対する独自の持論を紡いだ全13編構成の美しい本。実は日本で初めてギッリの作品を紹介した本でもあった『写真講義』(みすず書房刊)。

河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジへ留学し、卒業後はニューヨークに拠点を移し、現代アートや写真のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。長年に渡った米国生活の後、2011年1月に帰国。アマナの写真コレクションのディレクターに就任し国内写真家に限定した写真作品を収集。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』(太田出版)と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。2017年1月より京都便利堂の東京オフィスを拠点にして、写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した海外事業部に席を置き、ソール・ライターやラルティーグのポートフォリオなどを制作した。

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